カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「私の資質」~顔が怖くて得した話

 ある種の信念とこだわりから学校にいる間はずっと背広で過ごしました。小学校の担任をしていた時、着替えの時間がなくてスーツのまま体育指導をしていたのを校長に見つかり、指導を受けたことがあります。
「背広で体育は、ねェだろう!」

 中学校勤務で、若くて部活に夢中になっているころ、しばらく坊主頭にしていた時期があります。
 昨日書いた通り、私の顔はとても怖いらしいです。
 恐ろしい顔に丸坊主、スーツ姿……「どんだけ怖いんだよ」といった感じになります。

 そのころ、旅行行事で高原キャンプの計画を立てるのにキャンプファイヤーのやり方が分からず困ったことがあります。そこで同じように若い先生と近くのキャンプ場に出かけ、他のキャンプファイヤーを見てこようということになりました。
 ある夜、仕事の終わったあと彼の運転で小一時間ほど走り、峠を越えた下り坂で車を右に寄せて車窓からキャンプ場を見下ろし、しばらく見学をしました。そしてそろそろ帰ろうとしたとき、下の方から一台の車が上がってきたのです。キャンプ場を見下ろす関係で私たちは右の車線にいましたから、同僚は車の所在を示すためにライトを点灯させます。あとから考えるとそれが対向車のドライバーの目に入り、相手をひどく怒らせたようです。引き返す私たちのあとをずっとつけてきたのです。
 山の中の一本道ですので後続がいるのは気にならなかったのですが、コーヒーでも飲もうと喫茶店の駐車場に入ると事情が変わってきす。その車は私たちのうしろにぴったりとつき、逃げられないようにしてから窓が開いたのです。同僚が運転席から降りると声がかかります。
「オイ、てめェ。なんであんなところでライトつけんだよォ」
 同僚がすぐに「すみません」と謝り、そこから緊張感の高い沈黙が続きます。
 声がよく聞こえなった私は何が起こったのか理解できず、しばらく離れていたのですが状況が動かないので回り込んで、何事かと覗き込みます。
 肩から背広を羽織った坊主頭の恐ろしい顔が、ぬっと出てきたわけです。そして相手の口調が変わります。
「あ、あんなところで急にライトがつけばびっくりするじゃないですか。こ、今度から、気をつけてください……ね」
 そして車をバックさせ、そのまま行ってしまいました。それでも私は何が起ったのかしばらくわからないでいました。

 それから20年も経ち、顔も年を重ねるとさらに凄味を増してきます(ということだと思います)。
 高速道のサービスエリアに入り、空いていた駐車スペースにバックで車を入れます。その背後には大きなRV車がこちらを向いてすでに停車しています。本来なら背中合わせに置くべきところですが、頭から突っ込んでいる車も珍しいわけではありません。
 私は後部座席に置いたバッグを取るために車内でドタバタしていたのですが、先に降りた娘はRVの女性に呼び止められたようです。あとから聞くと前を押さえられたので自分が出られないじゃないかとひどく怒られたようなのです。私が車外に出たのはその直後です。

 バッグを手にRVの横を抜け売店の方に行こうとすると、娘と話していた運転席の女性が引きつった表情の顔の前で、慌てて手を振ります。
「なんでもありません、大丈夫です。かまいません。申し訳ありません」

 娘から事情を聴いたのは売店に入ってからでした。
「お父さんの顔が怖くてほんとうによかった!」

 それが私の資質です。
 教員としてもけっこう便利で、緊張感の高い、引き締まった状態から学級経営を始めることができました。