1月17日

 今日、1月17日は、「金色夜叉」で主人公の間寛一が、熱海の海岸で恋人のお宮を蹴った日です(「一月十七日、宮さん、善く覚えてお置き」「来年の今月今夜(中略)僕の涙で必ず月を曇らしてみせる」)。そんなこと言っても若い先生には分からないことかもしれませんし、生徒に話してもなんの役に立つか分からないようなことです。

 また今日は山口百恵モハメド・アリベンジャミン・フランクリンアル・カポネといった人々の誕生日で、それぞれ語りがいのある人たちですが、私たち日本人にはやはり阪神・淡路大震災の日(1995年)として記憶されるべき日でしょう。

 6000人以上の死者を出したこの災害の中にはさまざまに学ぶことがあり感動することもあるのですが、私が好んで話すのは各避難所に自主的に作られた自治組織のことです。

 この日政府の対応は遅れましたが民間は早く、ダイエーグループ(ローソンなど)は社長の指示で被災地の店舗のおにぎりやパンを1個10円といった破格の値段で放出し、セブン・イレブンもヘリコプターをチャーターしてまで6000食ものおにぎり・弁当を震災後3時間以内で届けています。その他インスタント食品が大量に阪神地区に届けられるのですが、問題は直接罹災者に渡される段階でおきました。公平な分配ができないのです。

 何千食もの食料が来るといっても、各避難所に必要数きっちりと届けられるわけではありません。500人の避難所に300人分しか来ない場合もあれば600人分も届くことがあり、それもおにぎりが300人分、パンが300人分となるとどうしても不満が出てきます。一人ひとりに渡すにしても、全員が整列するまで待っているわけにも行かないので配り始めると、最初に受け取った人がまた列の後ろについてしまう。すると遅れてきた人の分はなくなり、代わりに早く来た人が2人分持っているといったことになり、そこでまたトラブルです。ただでもイライラしているときです。混乱は混乱をさらに呼んでそうとう殺気だった状態になったと言います。

 ところが地震発生から2〜3日もすると、被災者の中から新たな動きが出てきました。それは部屋ごと代表者を決め、その代表者によって避難所の運営を切り盛りしようとしたのです。届いた支援物資を代表者委員会で配分し、各部屋に持ち帰ります。もちろん内容には不公平があり、量の少ない場合もあったでしょう。しかし全員が委員会を信じ、決定に従いました。そしてその中から避難所を掃除しようといった動きが生まれ、さまざまなことに係分担が設けられ、避難所の運営が円滑に進むようになったのです。

 こんなことのできる国が、世界でいくつあるでしょう。

 災害に略奪はつきものです。四川、チリ、ハイチ、ハリケーンカトリーナに襲われたときの合衆国ニューオーリンズ、どこの国の人も黙って物資が届くのを待っていたりしませんでした(阪神淡路大震災では群集が押し寄せて商店の物品を奪うというようなことは1件もありませんでした。ただし職業的窃盗団が宝石店に押し込んだということが1件あったようです)。

 外国の研究者たちは阪神大震災における日本人の振る舞いを、日本の教育、特に特別活動の勝利と考えています。考えてみると小学校に入学する以前から日本の子どもは係活動やら清掃当番などをさせられています。遠足や旅行学習、児総会・生徒会、そうしたことを考えると、何百時間もの団体行動訓練を積んできたことが分かります。だからできるのです。

 学力向上のための行事精選に賛成しないのはそのためです。