「心の教育をする」

 

 道徳の授業を行うのはなかなか気の重いことです。理由の一つは教材を見つけにくいこと、もうひとつは指導書のない世界ですので、授業の運びに自信が持てないこと、三つ目は算数や国語と違って定着の度合いが計りにくいこと、その当たりかと思います。

 

 しかし授業ですから、考えておくべきことはひとつです。それは校長先生がいつもおっしゃっているように「主眼をしっかりと押さえておくこと」です。

 

 この点にだけで言えば、道徳はかなりやりやすいものです。なぜなら、どんな授業にも通用する共通の主眼があるからです。それは

「教材に触れ、話し合うなどの活動を通して、『かくありたい』との願いをもつ」

です。

 

 生徒指導の要は「罪深さを知る」です。したがってマイナス評価が中心となります。「〜してはいけません」の世界です。それに対して道徳の要は「かくありたい」で、まさにプラス評価なのです。

 

 毎回の授業に指導案をつくるのは大変ですが、教材をざっと読み、どういう発問を経て「かくありたい」という気持ちをつくるか、それだけ考えて教室に向かいましょう。

(「かくありたい」ですから、「かく行える」でなくてもいいのです。「先生、オレもそうしたいんだよ、今はできないんだけどなあ」、とそれでいいのです。)