「学校のアカデミズムと三つの難問」

 先週の土曜日は午前中息子の小学校のPTA作業、午後は娘の高校の学年PTA・講演会・学級PTAと丸一日子どもの孝行でなかなか大変でした。

 息子の学校の校長は私の前任校で教頭をしておられた方で、一年だけご一緒させていただきました。その後校長として転出され、昨年までは県教委の係長をしていたので、もしかしたた、何処かで会っている先生もおられるかもしれません(TV「忍たま乱太郎」に出てくる稗田八方斎にそっくりです)。その人との作業中の会話に出てきたのが「学校のアカデミズム」という言葉です。

「学校には品というものが必要だ。学習をする雰囲気、学ぼうという意志の満ちている様子、相手を尊重しようという気風、言わば学校のアカデミズムというものがないと何をやってもうまく行かない。今、この学校で、盛んにそのことを言ってるんですよ」
 つい最近、私も日報に「品」ということを書いたばかりなので、フンフンとかなり腑に落ちるところがありました。また、ふっとハリー・ポッターの学校「ホグワーツ魔法学校」のことを思い浮かべ、アカデミズムというのはあんな感じかな? とも思ったりしました。

 100年あまり前の学校は、地域の文化センターでした。オルガンというものがあるのは学校だけ、跳び箱・マットといった見たこともないような道具がいくつもあり、壁には絵が飾ってあったりします。村中で教養らしい教養を持った人は学校の中にしかいません。ふと覗き込むとそこでは下々の者には分からないようなことをやっており、子どもたちが144÷12といった見たこともない難問をすらすらと解いている・・・これで学校が尊敬されないわけはありません。しかし今は違います。文化はむしろ学校の外にあります。

 そんな状況の中で学校のアカデミズムをつくりあげるとしたら・・・。なかなか難問ではあります。

三つの難問

 私にはどうしても答えを知りたい三つの難問があります。

  1. 「何のために勉強するのか」という質問に対して、誰もが納得し勉強しようという気になる、明快な答え。
  2. 「たいていの問題児も、結局は何とか社会でやっているじゃない。何のために生徒指導なんかするの?」という質問に対する、有効な反論。
  3. 不登校の子がたちどころに学校に学校に行きたくなるような魔法の言葉。

 以上です。