「校長の資質」②

 資質に欠ける校長で思い出すのは1997年に起こった神戸連続児童殺傷事件(いわゆる「酒鬼薔薇聖斗事件」)の加害者少年所属した中学校の校長です。

 マスコミとの対応を誤ったために「仮定のことですから答えられません」も「家庭の問題ですから」と曲解され「学校としての責任を取る気がない」と詰め寄られ、事件のあった校門の改修でも写真を撮られて「(事件が終わって)高笑い」と揶揄され、半年もたった卒業式の夜、ストリップ劇場で興じる様子をスクープされて再就職先まで失いました。
 気の毒なのは、たまたま被害者の方が通っていた小学校の女性校長が教師の鑑のような人で、犯人逮捕後、「事件が解決した今の感想は?」と尋ねた記者に「解決? 何が解決しました? 〇〇くんは帰ってこないじゃないですか」と詰め寄って、教師のあるべき姿を強烈に印象づけたのも、凡庸な中学校長には気の毒なことでした。
 事件さえなければ人のいい、好々爺の中校長として教員人生を終えたに違いないからです。

 

【愛知県一宮市立浅井中 担任による“いじめ”=自殺事件】

 ニュースはこんなかたちで私たちにもたらされました。
 愛知県一宮市の中学3年の男子生徒が担任の教師への不信感を記したメモを残して飛び降り自殺した問題で、学校側は説明を一転させ、「担任によるいじめがあった」という発言を急きょ、撤回しました。TBS newsℐ 2017.02.13 愛知・一宮の中3男子自殺で説明一転、学校“担任のいじめ”撤回
 もう最初の一文だけで社会に火の付きそうな話です。
 学校側は12日夜の臨時PTA総会では・・・ 「驚きの表現としては、『先生による生徒へのいじめだ』と発言」(PTA総会に出席した保護者) 「(学校側は)いじめだと認識していたみたいです」(PTA総会に出席した保護者)

 ところが、
 しかし、13日になって・・・ 「学校は不適切な対応だったと思っているが、PTA総会では保護者の意向をくみとって、その表現をしました」(一宮市立浅井中学校 上田隆司校長) と前言を撤回したのです。
  いじめ=自殺だけでも社会の耳目がひとつに集まりそうな話なのに、よりによって加害者は担任教師、しかもいったんは認めた“いじめ”を翌日に翻してしまう――これでは世論に火がつかないはずがありません。

 その日のうちに怒れるネット住民は担任の名前や画像を掘り出し、拡散。 翌14日のワイドショーは一斉に「担任によるいじめ=自殺」を放送し始めます。
 ところがみんな怒っているにも関わらず、沸点の手前でモタモタしている風がある、煮え切らないというか、怒りが未消化というか、なんともスパッといかないのです。

 

【何かぴんと来ない】

――要するに、自殺した中三生徒が、 「担任によって学力、存在価値、生きがい、性格etc. 私の人生全てを壊された。」 と絶望を記録して死んだにもかかわらず、校長の把握している“いじめ”が、
 上田校長の説明によると、男子生徒は、普段から担任の男性教諭に不信感を持っていたという。原因として、プリント類の配布を男子生徒ともう1人の生徒ばかりに命令していたことや、昨年の体育祭の組み体操で両手の親指を骨折したのに十分な対応をされなかったことなどを挙げた。2017.12.13 中日新聞「担任の指導、不適切」 一宮・中3自殺で校長謝罪
と、なんともぴんと来ないものだったからです。  

 たとえ毎日、一日に十数回(そんなにあるとも思えませんが)プリント配りをさせられたとしても、それで自殺するのか、していいのか――、両手の親指骨折という事故についての対応が不十分だったとしても、死んで抗議するといった内容でもないだろう――、そうした想いがどこかで燻ぶったからでしょう。  しかしその間もネット社会では探査が続き、抗議の狼煙は上がりっぱなしです。

 

【私も怒っていた】

 私も怒っていました。
 そこで早速ブログに「校長の資質」①を書き始めます。長い文になることが話あっていたので①です。
 しかし怒っていたのはほかの人のように、担任が生徒をいじめて自殺に追い込んだからではありません。校長のなんともチグハグな対応に腹が立ったからです。

 13日の記者会見で前夜の臨時PTA総会について聞かれた校長は「原稿をそのまま読みます」と言って 「市は第三者委員会を開くと言っていますが、学校としては担任のいじめとして考えて行きたいと思う」 といった文章を朗読します。問題はそこです。
 市教委が第三者委員会を開いて事の真偽を解明しようというときに、なぜ先に学校としていじめを認めるのか――。学校(=学校長)がいじめを認めるということの重大さが、この校長はまったく分かっていないのです。

 

【なぜ簡単に“いじめ”を認めてはいけないのか】

 それは加害者(この場合は担任教諭)の人生を封じるということです。最悪、傷害罪で起訴され収監される(暴力的ないじめだったとすれば)、あるいは刑事事件にならなくても、教員生命は実質的に閉じられます。

 もちろん加害者が児童・生徒の場合も同じです。“いじめ”の加害者と決まれば、人の口に戸は立てられませんからその子の家族は町を離れなければならないでしょう。最低でもそうなります。

  また“いじめ=自殺”ということになれば当然損害賠償請求の対象となります。その場合、億単位になるかもしれない賠償金・慰謝料を払うのは担任教師でも校長でもなく、一宮市の市民です(税金ですから)。そんな重要な判断を軽々に「学校としては認めます」と言ってはいけないのです。
 責任逃れをしろということではありません。第三者委員会がつくられるというのですからその答申を待ってからで十分なのです。今の段階では、 「今後の調査の結果を待ってから判断したいと思います」 とそれだけでいい。それでウソをついたり隠ぺいしたことにはなりません。

 案の定、記事にある通り、社会的な集中砲火を浴びて前言を撤回し、撤回したことでさらに非難を集めることになります。
 そして今日、問題はさらに拡大し・・・となると思ったら、マスコミは一切この話をしなくなってしまいました。

 

【何が起こったのか――事件の結末】

金正男暗殺」という大きなニュースに掃き出されたという面もありますが、一宮事件は意外な方に向かってしまったのです。

 長々と書いてきましたが私の文も尻切れトンボで終わります。気持ちがなえてしまったからです。
 危機対応という点では無能な校長と、きちんと取材しないという点では不誠実なマスコミによってたくさんの誤解が生まれました。私も自殺した中学生の親御さんに余計な邪推をしてしまいました。
 地元の中日新聞だけが丁寧な記事を残しましたので、事情はそちらで確認してください。
 要するに言葉が圧倒的に足りないくせに、“いじめ”という刺激的な言葉を使って社会を混乱させたということです。

2017年2月15日 中日新聞 骨折で成績低下、志望校進学厳しく 一宮・自殺の中3生徒