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「定年延長で居残る人、それでも辞める人」~定年延長の行方①

 新聞に教職員人事が発表された。
 発表すること自体を問題視する人もいるが、私は楽しみだ。
 人の動きを辿るだけでいくつものドラマが浮かんでくる。
 特に今年は定年延長が始まり、さまざまな思惑が見え隠れする。
 という話。(写真:フォトAC)

【教職員人事発表】

 新聞紙上でも教職員人事が発表されました。
 これほど大規模な人事が毎年発表されるのは教職員だけで、人権上の観点からも個人情報保護の立場からも、いかがなものかという意見が前々からありました。私自身も昔、この発表でたいへんな思いをしたことがあるのですが、今は旧知の人々の動向を知ることができて、ありがたいと言えばありがたいものです。発表を見てさまざまに思いを巡らすことも少なくありませんし、これを機に改めて連絡を取ろうと思い立ったことも再三です。もっとも最近はその“旧知の人”自体が少なくなり、新聞紙面にマーキングする名前もずいぶんと寂しくなりました。
 
 ところで今年の発表には、今までにない新しい異動の形がありました。校長・副校長あるいは教頭の欄で「退任」の項目に名前がありながら、一般職の欄の「転任」の項目に同じ名前のあることです。特に説明がないのは新聞社も気づいていないからかもしれませんが、今年度から学校でも定年延長が始まっており、2023年度(平成5年度)に60歳を迎えた先生方は定年が一年加算され、2024年度も正規職員として残ることができるようになったのです。ただし給与は3割減だと言われています。
 また、少し厄介な仕組みもあって、定年は61歳まで延長したのに、役職定年は60歳のままなので、管理職の先生方はその任を退かなくてはならないのです(この辺りの事情については以前、書きました*1)。
「管理職としては退任だが、一般職の教員としてはもう一年先まで退任(退職)の必要はない」
 そこで新聞では、校長・副校長・教頭の欄で退任扱いになっている先生が一般職の転任の欄で再び顔を出すわけです。

【制度はどう変わったか】

 これまでも60歳で定年となったのち、65歳まで正規職員として働く道はありました。
 10年ほど前に年金の支給年齢を60歳から65歳へと順次引き上げて行くようにしたため、定年の60歳から年金の支給年齢までの間に空白期間が生れそうになったのです。そこで公務員には「再任用制度」というのが設けられ、給与は半分になるものの、正規職員として様々な恩恵を受けられるようにしたのです。ですから同じ学校の同じ正規職員でも、60歳までの「普通の正規」と61歳以上の「再任用の正規」の二種類があったということです。
 
 それが今後しばらくは、次のような3種類になります。

  1. 給与が満額出る「60歳までの正規」
  2.  給与が7割程度まで下がる「60歳から新たな定年までの正規」
  3.  延長された新しい定年と年金が支給される65歳までの間をつなぐ「給与5割の暫定再任用(これまでの再任用と同じ)の正規」
    *3の「暫定再任用」は定年が65歳まで伸びた段階でなくなります。

「国家公務員法等の一部を改正する法律 改正の概要~定年の引上げ等について~」よりSuperT作成)

 そこで60歳以降の働き方・生活について、さまざまな思惑が働くことになります。

【状況の変化:教員不足】

 私は再任用制度の始まった初年度の退職者でした。しかし校長で教員生活を終えた人の中で、再任用に応募した人は一人もいませんでした。何と言っても再任用は「正規職員」ですから、
「正規の席をひとつ埋めることで、若い新規採用者の枠を一つ減らしてはいけない」
と考えたのです。校長としていい思い(?)をしたのだから潔く後身に道を譲るべき、といった美学がありました。
 あるいはそこには《今さら最前線に戻ってもうまくできるかどうかわからない。学級経営に失敗して晩節を汚してはいけない》という思いもあったのかもしれません。何年も教壇に立っていないのに退職後、勇んで現場に戻り失敗した例がいくつもあったからです
 さらに「校内を元校長がウロウロしていたら、“現校長”も鬱陶しいだろうな」と、そんな思いもありました。

 ところがこの“美学”は、わずか2~3年で崩壊します。いわゆる「教員不足」が始まり、元校長であろうと誰であろうと、働けるものは呼び戻さざるを得なくなったのです。こうして多くの教師が定年退職後も現場に残るようになりました。私の同期も数多く現場に戻り、結局は応じませんでしたが、私にさえ声がかかるようになりました。それが現状です。

【定年延長で居残る人々、それでも辞める人】

 ただしもちろん60歳の定年を機に教員生活から足を洗う人も少なくありませんでした。何と言っても正規として働く現場は苛酷ですし、給与は半分。60歳を目前に疲れ切った人もいますし、定年を機に何かを始めようと手ぐすねを引いている人もいます。教育委員会に長くいた人や管理職経験者だと、何年も最前線を離れていてスキルを失っていたりもします。そもそも小学校英語やプログラミング学習といった面では、技能を身に着けたことすらありません。
 だからいくら「教員不足で現場が困っている」「世のため人のため」と言われても、半分の給与で再任用の応募するのはやはり抵抗もあったのです。

 しかし2023年度から始まった定年延長では、給与は下がるといっても半分ではなく3割減。物価高の昨今、これまでの7割がもらえるならしばらくやってみようという人は大勢います。特に60歳まで最前線で働いてきた人たちは、慣れた仕事を続けるだけの話です。心は動くでしょう。
 管理職経験者で現場に戻ることに消極的な先生も《教育界全体が教員不足で困っている現状を考えると、ダメ元でやってみるのもいいかもしれない》と、そんなふうに考える人も出てこないとも限りません。いやおそらくたくさん出てきます。
(この稿、続く)