カイト・カフェ

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「管理職になる人生が有益でないかもしれない」~先生方! もう一度人生設計のしなおしを!

 妻はこの4月から講師として教壇に立っている。
 私は「無職」兼「家庭菜園ティスト」兼「主夫」。
 彼女は価値を生み出し、私は価値を食いつぶす。
 どこでこの差が生れてしまったのだろう?
 という話。(写真:フォトAC)

【私の労働は価値を生み出さない】

 世間は新年度第2週。先週よりはやや落ち着いた生活が始まろうとしています。私は相変わらずの「毎日が日曜日」ですが、春の農繁期、畑の準備が始まってそれなりに忙しい日々が続いています。

 教員である私の妻は3月、これまでの再任用期間を終えてしばらくはゆっくりと家で過ごすつもりでしたが、すでに1月の段階で声がかかり、今月から講師として引き続き働くことになりました。職場がグンと近くなり、というよりほとんど目の前なので、朝の時間はむしろ持て余し気味になっています。
 講師としての給与がいくらか私は知りません。しかし正規再任用の場合は退職時本給の1/2と言われていましたから、フルタイム講師はそれより高いはずです。それが私には羨ましい。
 以前はあまり気にしなかったことですが、働いたことが給与という形で返ってくるという当たり前のことが、自分に起こって来ないことが不満なのです。
 
 これはおそらくこれまで延べ何十億人だか何百億人だかの専業主婦が抱えてきた不満と同じものに違いありません。労働が収入を生み出さないということは価値を生み出さないということ、その労働に価値がないと烙印が押されたも同じだと感じられるのです。

【悪趣味の農業】

 部屋の掃除をしても洗濯をしても、庭木の手入れをしても一銭の収入も出てきません。その分を外注に出せば相当な出費になるわけで、自分でやれば押さえられている分、価値が生み出されたも同じだと言えなくもありませんが、実感はない。

 もちろん畑仕事は作物という価値を生み出しますが、質・量ともに売るほどのものではないので、すべて家使用、おすそ分け用。現金にはなりません。
 それどころか有機肥料(堆肥)に5000円、化学肥料2500円。農業用マルチシート1880円、種芋200円~400円、ネギ苗500円等々とこれまですで1万円以上を投下。この先も苗を買い足して消毒薬も購入しと、さて、利益は出ているのか出ていないのか。出ているにしてもひと夏かけて2000円~3000円では小学生のお小遣いにもなりません。
 
 店の安売りセールでレタス4個を100円で売っている時代に、1本70円のレタス苗を買ってきて植えるという、恥ずかしくて損益計算書も書けないようなことをしているのが家庭農業です。出費ばかり嵩んで、見方によれば「趣味の農業」ではなく「悪趣味の農業」とさえ言えます。

【持っているものが減るのは耐えがたい】

 翻って妻を見ると、もちろん単純に大喜びで働きに出ているわけではなく、外に行けばそれなりの不平も不満もあります。しかし慣れた仕事を誠実にやっていれば、もともとケチと言ってもいいくらいに質素な生活しかしていないので、自然と貯金もできてきます。
 ところが私の方は、いくら年金をもらっているとはいえ、同じ質素な生活でもときおり葬儀などの大きな出費があったりして貯金は目減りする一方。その不均衡――妻は貯金が増えているのに私の方は減る一方という状況が、なかなか受け入れがたいのです。
 そうなって初めて気づいたことですが、生活に困るとかどうとかとは関係なく、持っているものが減るのは耐えがたい、おそらく100億円持っていても、減ることには我慢ができないのです。
 
 教員免許は持っているのだから、じゃあ働きに行けばいいじゃないか、どこもかしこも講師不足ですぐにも雇ってくれるだろうという話になるのですが、そういうわけにもいきません。正直に言って自信がないのです。

【私は妻に嫉妬している】

 私が学校教育の最前線(学級担任)を離れてもう20年になります。小学校の担任が最後で、中学校の担任をやっていたのはさらに10年遡って30年も前の話です。すでに刀は折れ、矢は尽きています。鎧も脱いでしまいました。
 
 こんな私でも退職から数年たったころ、知り合いの現職校長から「社会科の教師が足りない。3カ月でいいから来てほしい」という話がありました。10年以上も付き合いのない人からの電話でしたから、よほど追いつめられていることは理解できましたが丁寧にお断りしました。
「3カ月以内に次の先生を決めるから」というのが空約束なのは、同じ嘘をさんざんついて来た身として十分わかります。「社会科の教科担任」だっていつ「学級担任」に変わるか分かりません。それで仕事が果たせれば問題ないのですが、わずか1カ月で病気退職では私も不幸ですが校長先生にも気の毒です。同じ気の毒なら問題の少ない今のまま、身を引いた方がよさそうです。それがお互いのためです。

 妻は管理職になることもなく60歳の定年まで現場の最前線にいて、そのまま再任用に横滑りしました。定年の年度の3月31日までしていた仕事を4月1日以降も続けたのです。
 そして今、再任用職員から講師になって周囲から期待され、感謝され、年齢的に十分な収入をもらいながら、生きがいのある仕事を続けているのです。まだ10年くらいはやって行けそうです。うっかり管理職についてしまったことが、どれほどつまらないことだったのか、考えさせられるのはこういうときです。

【先生方! もう一度人生設計のしなおしを!】

 第二次ベビーブーマーが就学した1977年~80年ごろに教職に就いた人たちの、大量退職が終わって数年になります。管理職の平均年齢もだいぶ下がり、60歳の役職定年までの期間も長くなります。つまり最前線での現場スキルが磨かれなくなってから十数年、もしくは20年以上もたってから学級担任・教科担任として現場に戻る人は戻る、あるいは講師として70歳近くまで勤めようとするわけです(*1)。できますか?
 できるつもりだとしても、一緒に働く同僚は大変かもしれません。
 
 管理職になどならず、自らのスキルを温存させたまま定年を過ぎても元気に働くか、管理職になって60歳の役職定年と同時に伸びた期間を蹴飛ばして早期退職するか、それとも電子兵器の飛び交う最前線に、三八銃を担いで再び戻っていくか――、若い先生たちは早い時期から決めておいた方がいいのかもしれません。私のようにならないために。

*1:講師不足は今後も続きますからきっとそうなります。