カイト・カフェ

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「メロス、それはないだろう」~半世紀ぶりに「走れメロス」を読む①

 半世紀ぶりに「走れメロス」を読んだ。
 そしてたまげた。
 メロスよ、それは違うだろう。
 勝手に他人の命を賭けてはいけないよな。
という話。(写真:フォトAC)

【上司のセクハラ発言にどう対抗するか】

 先週の金曜日、ネット上をあちこち巡っていたらちょうど一カ月前の「マイどなニュース」2023.10.24『男性上司「セで始まってスで終わるものなーんだ?」 バイト仲間女性の模範解答に「カッコ良すぎるだろ」「完璧な返し!」』に入り込んでしまいました。

「カッコ良すぎる模範解答」はバイト仲間のおばさんがさっと割り込んで返してくれた「精神的ストレス」だそうですが、400以上も寄せられたコメント欄の回答はさらに面白く、しばらく時間を無駄遣いしてしまいました。

 私としては、
「大学生の頃、遭遇しましたよ。バイト先の社員のオッサン。そしたらバイトチーム先輩の女性が大きな声で、『セックス!お相手いないんですかっ?』って言い放ち、男性社員の方が慌てて逃げて、『かっこええなぁ!』って・・・若いころの憧憬の思い出です」
 というコメントが一番すっきりとしましたが、他にも、
「セクハラでス」
「セクハラで訴えまス」
も対抗策としてありえますし、逆に、
セルロース」だの「セカンドハウス」など軽く答えてやり過ごす、というのもかわし方としては悪くないと思いました。

 私は知らなかったのですが、記事によると、
「もはや誰が言い始めたのかわからず、令和の時代に口走っている人がいるとは考えられませんが、定期的にTwitterそしてXで盛り上がるこの話題」
ということですから、真面目に考えることもないと思いますが、誰かの危機に際してサッと助け舟を出せるのは、やはりステキなことだなと思いました。
 ただし今日、話題としたいのはそこではありません。

【「走れメロス」再読、そして魂消(たまげ)たこと】

 実はコメント欄に書かれた数百の答えの中に「セリヌンティウス」というのがあって、ほどなく「セリヌンティウスに爆笑した」というコメントも入っているのですが、その「セリヌンティウス」が私には分からなかったのです。
 そこで調べると、これが太宰治の「走れメロス」で、メロスが妹の結婚式に行っている間、人質となって王のもとに残された親友の石工なのですね。よくそんな名前を頭に入れている人がいるものです。しかも即座に反応できる人もいる。
 ところが私は、《約束の時刻までに戻って来なければメロスの代わりに処刑される親友がいる》という、この物語の核心部分までまったく忘れていたのです。
 そこで「走れメロス」を半世紀ぶりくらいに読み直すことになるのです(青空文庫「走れメロス」)。
 
 読み直してみると、中学校か高校の教科書にあって普通の小説よりははるかに丁寧に読んだはずなのに、冒頭の「メロスは激怒した」と、ほとんど最後の「この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」くらいしか覚えておらず、ただ友情のために必死に走って帰ったメロスの物語だ、くらいにしか記憶していなかったことがわかります。中でもびっくりしたのは、メロスがセリヌンティウスを何の断りもなく、勝手に自分の身代わりにしてしまったことです。

【メロスはひとの命を掌に乗せた】

 原文に即して言えばまず、メロスは妹の結婚式のために衣裳やらご馳走やらを買いに、故郷の村から10里も離れたシラクスの街にやってきます。そして町の異変に気づきます。人に聞くと、王が猜疑心からとんでもない横暴を働いているらしい――そこで「メロスは激怒した」ということになって単身、国王暗殺に向かうのですが、何の準備もないメロスは簡単に捕まってしまいます。そこから王と激しい論争になり、王が、
「わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔(はりつけ)になってから、泣いて詫わびたって聞かぬぞ」
と言えばメロスも、
「ああ、王は悧巧(りこう)だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない」
となります。
 で、そのまま押し切ればいいのに急に弱気になって、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい」
と、突然、敬語表現になる情けなさ。をい!
「たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます」
 王が、
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」
と嘲笑うとメロスは、
「そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい」

【メロス、それはないだろう】

(以下、ラップ調で)
 はい、ちょっと待って、それ、マズいだろ。
 身代わりにするにも手順がある、本人を抜きに「人質としてここに置いて行こう」はないだろう。さらに重ねて「三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい」って、オマエ、何の話をしてるんだ? 2年も会っていない男だぞ。親友といったって事情が変わっているかもしれないじゃないか。しかも天秤皿の「絞め殺してください」の反対側が「妹に結婚式を挙げさせたい」では、どうしたって釣り合わんだろう? 帰還に失敗したら取り返しのつかないと、なぜ考えないのだ? どうしたらそんなに自分を信頼できるんだ? 世の中、何が起きるか分からないと、一度でも怯えたことはないのか、これまでただの一度もミスをしたことはないのか、自分の小さな過ちや小さな事故が、ひとを殺すと震えないのか――。

 そこで私は思案に暮れてしまったのです。
(この稿、続く)