カイト・カフェ

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「わがセリヌンティウス体験とメロスの証言」~半世紀ぶりに「走れメロス」を読む②

 私もセリヌンティウスと似た体験をしたことがあるが、
 相手はそれを悪いことだとはまったく思っていない。
 傍から見るとかなり違うのだが、本人はそれでも、
 正しい道を正しく進んでいると思い込んでいるのだ。
という話。
(写真:フォトAC)

【わがセリヌンティウス体験】

 私自身の初任者研修と言えばもう40年も前の話になりますが、当時はまだ年間5日程度。あれもこれも徹底的にやらされる現在と違って呑気なものでした。
 とはいえ夏休み初日から一泊二日で行われる宿泊研修は厳しくて――、というか要するに一週間近くほぼ徹夜続きで生まれて初めての通知票を書き、なんとか終業式にたどり着いたら1学期打ち上げの飲み会で、12時過ぎまで飲んでの翌日の、朝からの研修です。座学中心の午前中は意識を保つのがやっとの睡魔地獄、昼食後のグループ研修はまだましかと思ったら食べ過ぎで血液の大半が胃に集まって気絶寸前・・・。
 久しぶりに同窓生交換をやっている地元国立教員養成大学出身者は楽しそうで、意識もしっかりしている様子。中学校の新規採用者の中には学級担任を持っていないのでギリギリの通知票は免れている人も多く、こちらも元気。しかし私と言ったら、受験資格ギリギリで合格した最年長間違いなしの私大卒。しかも学級担任を持っていてヘロヘロの私は、独りぼっちで午後も危機的な状況が続きそうでした。仕方ないので積極的に出て、名簿番号が近くて同窓生交換に参加していない人を探して、どうでもいい世間話を続けながら午後の研修に備えいたのです。
 
 グループ研修は五人一組で道徳か何かの指導案をつくるというもので、名簿番号で区切られたそれぞれの組に、指導主事が一人ずつ着いて手順を説明します。
「では最初に、討議の司会をして明日の全体会では発表者となる代表を決めます。どなたか自分がやろうという人はいますか」
と、その瞬間、先ほどまで四方山話をしていた同期の教員がサッと手を上げて、何て積極的な人間だとびっくりしていたらいきなり私を指さし、
「この人がいいと思います!」

 「走れメロス」でメロスがセリヌンティウスを指名した場面を読んだ時、急にそのことを思い出しました。

【メロスの証言】

 小説の本文を読むとセリヌンティウスは次のような状況で、自分が置かれた立場を知ることになります。
「竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯(うなず)き、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である」

 「セリヌンティウスは、縄打たれた」のです。こうなると分かっていながら友を差し出したメロスを「親友」とか「竹馬の友」とか「勇者(物語の最後に出てくる表現)」とか呼んでいいのでしょうか。しかも捕縛はまだ、単なる始まりでしかないのです。
 
 物語を先まで読むと、そのあとメロスが、
「一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌あくる日の午前」というのはいいにしても、そこで会った妹に「あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう」とか言って家に祭壇をつくり宴会の席を用意し、そこで少し眠る。そこから花婿の家に行って、
「少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ」
と頼むのですが、花婿は、
「それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄(ぶどう)の季節まで待ってくれ」
 葡萄の季節がどれくらい先か分かりませんが、とにかく花婿に何の心構えもなかったのは事実のようです。それを、
「婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた」
――これほどまでに準備が整っていなかったにも関わらず、王に、
「三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます」
とたちどころに言ったわけですから、メロスの強心臓には驚かされます。

 結婚式はメロスがシラクスを出て二日目の真昼に行われ、祝宴は深夜まで続きます。午後から降り始めた雨は一時「車軸を流すような大雨」となって宴席の人々を不安な気持ちにさせますが、メロスは「満面に喜色を湛たたえ、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた」といったあんばいです。メロス以外は不安だったのですよ?
 そのあと少し眠って3日目の朝、メロスが村を出てやがて洪水の川を渡り、山賊に襲われてこれを撃退し、灼熱の太陽に焼かれ、衣服はボロボロとなってほとんど半裸状態となり、それでも王宮にたどり着いて、セリヌンティウスと抱き合う場面は、よく知られるところです。

セリヌンティウス。」メロスは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若(も)し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
 セリヌンティウスは大きな音を立ててメロスを殴り、
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」
 メロスもセリヌンティウスを殴り、
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
 ――ここでも私は「ちょっと待て」と思うのです。
 メロス、悪い夢を見たのは一度じゃないよな。

【メロスよ、どこまで信じていいんだい?】

 宴会の際中に、「しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた」し、「一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願った」、よな? そのあと「少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった」ってこともあったよな。
「メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る」と陰の声は言うけれど、「在る」どころじゃない。山賊の手を逃れたあと、ひざを折って倒れ込んでからの長い長い独白は、ただただ未練に流されて悪い選択に進む一方だったじゃないか。いやそもそも具体性のまったくない妹の結婚式にかこつけて、友だちを人質に差し出し3日の猶予を生み出したところからすでに怪しい。そこに下心はなかったのか?
 あれだけの雨が降れば川が荒れるなんて分かっていたことだし、山賊の出る場所だって決まっているようなものだ。もしかしたらシラクスに戻らない理由を一生懸命探しながら三日間を過ごしていたんじゃないのかい? でも最後は心が痛んだ、自分を信じてくれた友だちを殺すことになるんだものね、勇者よ。

【かつての私はどんなふうに受け入れたのだろう?】

 私がずっと考え込んでいるのは、中学生だか高校生だった時の国語の先生は「走れメロス」どんなふうに扱ったかということです。そして当時の私は、ツッコミどころ満載のこの物語をどう受け取ったのか――。
 もちろん今の私ならはっきりしています。感想文を書くとしたら、その一行目はすでに決まっているのです。それはこうです。
 「私は激怒した!」
(この稿、続く)