「いまの居場所が姥捨て山になる」~夏休みに思ったこと、考えたこと①

新型コロナ第7波の大波を受けて、しかし誰も「行動規制を!」とは言わない。
医療の逼迫は気にしつつも、感染拡大に耐えて経済を回していこうとする。
しかし高齢者と基礎疾患のある者は別なのだ。
この人たちはこの先も、永遠に隔離されたように生きて行かねばならない。
という話。(写真:フォトAC)

【第7波があまりにもひどかった】 

 来週の今日(30日)、いよいよ息子のアキュラが婚約者のサーヤと入籍し、晴れて夫婦となります。交際3年目の記念日だそうです。
 現在アキュラは東京に住んでいてサーヤは熊本ですからとうぶん別居のまま。来年4月、入籍という実績でサーヤがうまく異動できれば、同居の上で結婚式や披露宴の計画を立てて行こうという話でした。しかしその計画が怪しくなっています。新型コロナの感染拡大のためです。
 
 先月最後のブログでも書いたように、7月に入った段階で、私は感染第7波など来ない、あっても小波で、今後、拡大と縮小を繰り返しながら、やがてウイルスは消えてしまうと思い込んでいたのです。ですから式や披露宴は来年でもいいと思っていたのですが、想像に反して第7波はとんでもない大波で、死亡者数も過去最高を記録し続けています。こんなことで今年中の終息などとても考えられません。
 
 インフルエンザだと冬を越えて3月、延びても4月末まで頑張れば一応の終息をみます。しかし新型コロナは年じゅう休むということがないですから、果てしなく変異を繰り返してワクチンの効力から逃れようとし、そのたびに人間は追いかけなくてはなりません。
 この調子だと今年の末であろうと来年であろうと状況はさほど変わらず、結婚式だの披露宴だのと言っている場合ではないのかもしれません。

【社会は動いても高齢者周辺は変わらない】

 この夏、おおいに驚いたのは、これほど感染が広がっても、死者がここまで増えても、政府は行動制限を言い出さず、どこからも要望が出ないことです。日本人の感染者が世界最大になったと報道されても、誰も動揺しません。
 医療の逼迫問題は別にして、毎日の死者が200人~300人であってもそれに耐えて行こうと、みんなで腹をくくってしまった感じです。しかしそれで敵わないのは高齢者と基礎疾患のある人たちです。病院と高齢者施設のお年寄りは、今でも家族と直接会うことができません。ずっと面会謝絶で現代の姥捨て山のようになっているのです。
 
  かく言う私も95歳になる母を抱え自由に生活することができません。私が東京の子や孫に会いに行ったり、逆に子や孫が訪ねてきたりしたら、母は1週間デイサービスに通えなくなります。週2回の入浴も楽しみもない。
 したがってこの夏、帰省したシーナとアキュラは庭から窓越しに挨拶し、母にとってはひ孫にあたるハーヴとイーツは遠くから手を振って見せるだけでした。食事やベッドの世話をしなくてはならない私は、十分に換気した上に会話もせず、15分以内に作業を終えて出てくるしかない状況。実際にそこまで危機感を持っているわけではありませんが、子や孫が帰郷してさらに1週間の自粛期間、きちんと対応をしたことをデイサービスに説明できるようにしておかなければ、多少認知の進んだ母は行って何を話すか知れたものではないのです。


【ボケたら気の毒】

 もっともデイサービスに行って楽しくおしゃべりしたり遊んだりしてくる母はいいのです。私の方は中途半端で介護サービスを受ける齢ではなく、しかも人には会えず、趣味の会や古くからの友人との飲み会にも行けなくなって、家族以外の人との会話はもう2年以上も控えたままです。それがこの先、何年も続くのかもしれません。
 コリャ気持ち重くなるな、が今の気分です。

 もちろんこれまで若い人たちが、高齢者のために頑張ってきたことは十分に承知しています。今は経済をまわすときで、今度は高齢者がワクチンを打ち続け、ひとの集まるところを避けることで若い人々を支えなくてはならないことも了解しています。
 ただこのまま何もせず、早くボケて人々に迷惑をかけるのも違うかな、そうも思っています。