「Withコロナから取り残される人々」~病院や高齢者施設・学校はいつまで感染対策を続けるのだろう?

コロナ規制が緩められて観光業を中心に活気が戻りつつある。
しかし一方で感染対策がまったく緩められる兆しのない場所がある。
高齢者施設と病院と学校。
これらはいつになったら元の生活を取り戻せるのだろう。
という話。(写真:フォトAC)

【コロナ規制が緩められ活気が戻って来た】

 一昨日から外国人旅行者に対する水際作戦も緩和され、国内では全国旅行支援も始まりました。
 国内の感染状況は、落ち着いてきているとはいえ、まだほとんどの都道府県はレベル2で「警戒を強化すべきレベル」のままなのに、観光業をはじめとして国内は浮き立っています。2年前の第2波で政府が「国民の気の緩み」を問題としたとき、私はずいぶん腹を立てました。しかし今は「屋外でもマスクをしている人が多すぎる」と、政府が率先して気を緩ませようとしていることにかなり違和感を持っています。
 
 もちろん私だって分かってはいるのです。
 諸外国が一斉に日常生活を取り戻しているときに日本だけが厳しい感染対策を取り続ければ経済は回って行きません。回って行かないだけでなく、遅れを取れば二度と回復できない分野だってあるのでしょう。したがって今は多少の無理をしてもコロナ禍以前の生活を取り戻す必要があります。しかしその一方で、ウィズコロナの方針がまったく見えてこない場所もあります。
 介護施設と病院と学校。この三つのウィズコロナは、いつごろどんな形で始まるのでしょう?

【実際に困っていること】

 私には95歳の母がいて、日に3度、簡単な介護のために実家を訪問することにしています。その母は週2回のデイサービスに通っていて、入浴や運動を何よりの楽しみにしているのです。ところがそこの利用規定が厄介なのです。本人または家族が感染拡大地域へ行った場合、あるいは感染拡大地域に住む家族が帰省して一定時間過ごした場合、デイサービスの利用は最低一週間ひかえなくてはならないからです。
 昨年は秋に一度、私が東京の娘のところに行ったばかりに、母は一週間デイサービスに行けませんでした。今年の夏、私の娘や息子が帰省してきた際には私の方が一週間、実家への訪問を「マスクをつけた10分以内」に制限して乗り切りました。
 
 母も孫やひ孫とも遊びたかったでしょうに、第7波の真っ最中ということもあって窓越しの挨拶で済ませるしかありませんでした。そこまで気を遣わなくてもよい気もあったのですが、万万が一、母が感染してデイサービスに広げ、そこで一人でも亡くなるようなことがあったら取り返しがつきません。誰も気がつかなくても私自身が良心の呵責に苦しむことになります。
 ですから現在の制限に文句があるのではないのですが、さて、今後はどうなっていくのか、こんな状況をいつまで続けなくてはならないのか。

【よほどのことがない限り、感染対策を緩められない】

 病院はおそらくかなりの間、いまのままの状況が維持されると思います。患者の生命維持と回復が最大の目標ですから、家族であろうとなかろうと、頻繁に一般人が入り込んで感染させる危険を敢えて冒そうとするはずがありません。
 ただ、治る病気ならまだしも、死が予想されるような病気やケガで実際に会えるのは臨終の間際だけ、というのは家族にとっても病院にとっても容易なことではありません。そこには何らかの別なルールが必要になるでしょう。
 
 デイサービスのような開放的な場所ではなく、閉鎖的でいられる老人ホームなどの介護施設の感染対策も、緩めるのが難しい場所です。現在は家族との面会もガラス越しですから会って手を握ることもできません。いつまでそれが続くのか。
 そして学校。
 
 給食は前を向いて黙食ということ、いまも続いているのでしょうか? たぶん続いているでしょうね、やめる理由がありませんから。
 今年の冬も、極寒の地の学校であってもたびたび窓を開いて空気の入れ換えなくてはならないのでしょうか? マスクはいつになったら外せるのでしょう?
 文科省も各地教育委員会も容易に判断がつかないでしょう。外させても外させなくても非難されるのは目に見えています。どうせ非難されるなら現状維持というのがいつもの学校のやり方です。おそらくかなり長い間、子どもたちはマスクのまま授業を受けることになりそうです。

【考えてみれば、それだけではない】

 コロナ禍でみんながマスクをつけるようになってもう2年半です。私たちはすべての日本人がマスクをつける姿にすっかり慣れてしまいました。しかしそれもウィズコロナ、アフターコロナで、まず屋外を歩く人から、あるいは屋外のレストランから、次第にマスク姿が消えていくことでしょう。そして十分に安心できる時期になって、さて、どこまで脱マスクは進むのでしょうか?
 
 個人的な感想で言えば、レストランや食品店で、直接商品を運んできてくれる人がノーマスクなのはやや苦しい気もします。自動車販売店や不動産屋さんで、長めの話をしなくてはならない相手がノーマスクだったらどうでしょう? 気になるか、気にならないか。そう考えるとこれは客である私たちの問題ではなく、接客する側の問題であることが分かってきます。

 接客する側がマスクをすればいいというものでもないでしょう。口元まできちんと見て話をしたいという客もいれば、「オレの息が臭いとでもいうのか!」と妙な言いがかりをつける客だっているかもしれないからです。
 いずれにしろ、これだけ広がったものを元に戻すのは、容易ではなさそうです。