「死後、家族に禍根のタネを残したくないと思えば」~かくも厄介な人生の終末④

 結婚して三十余年。ひたすら働いて、遊ぶ暇も金を使う暇もなかった。
 おかげでそこそこの財産を残し、子に引き継げるのだが、
 金を渡す作業は思いのほか難しそうだ。
 そして、後悔はしていないが、こんな人生でよかったのかと、ふと思った。
という話。(写真:フォトAC)

【教員は社会を知らない、常識を知らない】 

「学校を卒業してそのまま学校に入ってしまった教員は社会を知らない、常識を知らない」
といった言い方があります。いまだに意味が分からない面もあるのですが、確かに、残業手当もなく月に80時間も100時間も時間外労働をする人間が「常識を知っている」というのはおこがましでしょうね。また、教育の話しかしませんから会話が噛み合わないこともあるかもしれません。
 世間の人が良く知っているファッションの話だとかプロ野球の話、ゴルフの話やグルメの話なども、そのうちのひとつくらいならできる人も少なくありませんが、二つ以上となると困難です。
 教員の仲間内でも、財テクや車について水準以上の技能を語る人がいると、
「オマエ、俺が教材研究をしている間にそんなことを勉強していたワケ?」
と口には出さないものの、白い目で見たりします。少なくとも私はそうでした。多分に嫉妬心があったのも事実ですが。
 そういう意味では、確かに社会も常識も知らない。


【実感がないけれどそれも資産】

 ということで何も知らない私がいよいよ自分の資産について考えるとなると、世界はあまりにも混とんとしています。とりあえず私が死んだら相続税はどれくらいかってだれが払うのか、というところから始めなくてはなりません。

 あれこれ調べて結論を言うと、相続税は3000万円+600万円×法定相続者数が基礎控除額で、私の家の場合は妻・娘・息子の三人が相続人ですから4800万円までは無税ということになります。
 いくら何でもそこまでは持っていませんが、何しろケチで金を使わない家ですから退職金がそのまま残っていて他に蓄えもあります。さらに鬼門は土地と家屋。
 近所には空き家がウジャウジャあって、そんな中で、実際に売れば土地を更地に戻す費用を差し引いて200~300万円にしかなりそうにない土地・家屋が、相続税評価では1100万円にもなってしまうのです。現実には、売れないから壊すしかない家屋にまで評価額がついています。

 さらにその上、母が亡くなれば遺産も入ってくる。手元にないのでまったく意識していませんでしたが、父が亡くなったときの私の取り分も丸々預けてありますから、これも少なくない――ということで恐る恐る計算したら、何と、
 やはりまったく足りませんでした。ホッ。
(何が「ホッ」だ)
 しかし相続税の申告というのはメチャクチャ面倒くさそうなので、残さないことも遺族孝行でしょう。

 相続税の控除額(3000万円+600万円×法定相続者数)というのは案外低いハードルです。何らかの理由で「固定資産税ばかり払わせられてかなわんなあ」と思いながら持っていた土地が、相続の時にとんでもない資産として登場したりするわけですから、気をつけなくてはいけません(財産持ちの方は)。


【死後、家族に禍根のタネを残したくない】

 私が死ぬにあたって(ナンダ?)気になっていることのひとつは、二人の子どもにかけたお金の違いです。娘のシーナは大学を出るとすぐに就職しましたが、弟のアキュラは理系ということもあって大学院に進学しているのです。その差2年間の学費と生活費は、合わせると450万円ほどにもなります。
 今のシーナはそんなことはオクビにも出しませんし、実際に「弟の方がたくさん使ってもらって」などと言う子ではありませんが将来のことは分かりません。貧すれば鈍するということもありますし、何らかの理由で仲たがいすることだってあるのかもしれません。それに何より、私の気分がよくない。
 
 だからといって、私の遺書に「大学院にいったのだからアキュラの分は450万円少なくネッ」とか書いてあったら、納得できる話でしょうが気分は良くなさそうです。
 そうなると二人の子持ちで経済的にも大変なシーナに、生前贈与として450万円ポンと渡してしまえばすっきりします。私の妻は今も現役でバリバリ働く妻がいますから、そのくらいドサッと貯金が減っても苦にならないのです。
 ところが、これが案外難しい。

 贈与税基礎控除額は110万円。それを越えると越えた分の2割が贈与税になります。つまり450万円だと68万円も払う羽目になるのです。ヤレヤレ。
 しかたないので4年間に分けて渡すにことにします。そのたびに書類で証拠を残さなくてはなりません。

【こんな人生でよかったのかな】

 世の中には今日の生活に苦慮している高齢者がいくらでもいるのに、遺産の残し方で頭を痛めるなんて贅沢な話です。しかしそれが夫婦で30年間、泊りの家族旅行は2回しか行かず(ディズニーランドとUSJ)、外食といえば3か月に1度くらいしか行かずに働き続けた教員夫婦へのご褒美です。
 そのご褒美も、結局、使われないまま子どもたちのものになっていきます。後悔はしていませんが、こんな人生でよかったのかという疑問はあります。

 ああ、死ぬまでにもう一度、冷凍ものではない本物ウナギのかば焼きを、専門店で食ってみたいものだ!

(この稿、終了)