学生起業家による出前講座や大学のプログラムへの参加など、
学校の負担にはならないと言いたげだが、そうか?
政府は、今後も教員の仕事を増やし続けると宣戦布告したのだ
という話。
(写真:フォトAC)
【新たな追加教育が発表された】
www.yomiuri.co.jp 政府が年内にも策定するスタートアップ(新興企業)を育成するための「5か年計画」に、小中学校や高校への働きかけを強化する方針を明記することがわかった。(中略)
具体的には、起業した学生などによる小中高生向けのセミナーや出前講座の実施を支援することなどを想定している。理数分野で高い能力を持つ小中高生には、大学で行われる起業家精神教育を含む高度なプログラムへの参加を視野に入れる。早い段階で起業家精神に触れる機会を設け、起業を将来の選択肢に加えてもらう狙いがある。
絶望というのは大げさですが、私の中で何かがスコンと落ちたような、折れてしまったような感じがありました。
小学校における35人学級のための増員が進行中の現在、これ以上の教員増加はまったく考えていない文科省・財務省。コロナ対策ですっかり予算のなくなってしまった地方公共団体。したがって教員は一人も増やせない。
そんな状況で叫ばれる「教員の働き方改革」は、できもしない部活の民間委託を叫ぶくらいで、遅々として進まない。
それならば仕事を減らすかというと、実際に縮小されるのは運動会や文化祭、始業式に終業式と、子どもが楽しみにするものや伝統あるもの、教育的価値や効果が保障されたものばかりで、小学校英語やらプログラミング教育やら、GIGAスクールやら、ほんとうに効果があるのか必要なのか、疑わしいものばかりが追加されていくのです。
ほんとうにやりきれない。
さらにここ数年は「ITC教育」やら「命を守る教育」やら。そして今回は「起業家精神教育」です。
政府はここに至ってはっきりと、
「教員の仕事は絶対に減らさない。今後も増やすのみだ」
と宣言し、教員の多忙に対処しないことを明らかにしたのです。
それが私の心を挫きます。
【起業家は子どもの教育にも能力があるのか】
具体的には、起業した学生などによる小中高生向けのセミナーや出前講座の実施を支援することなどを想定している
と、暗に負担が少ないことも示唆しています。金も出すと。
「まあ、まあ、まあ、先生方、大した負担じゃあないですよ。先生方はうしろの方でお茶でも飲みながら一緒に勉強してくれればいいんです」
しかしどうでしょう? 小中学校の教育で「場所と時間を提供してくれれば、あとは成果を上げます」といえるようなものがあるでしょうか? あるとしてもそれで力がついたり、興味関心が高まったりするものでしょうか?
一番心配なのはセミナーや出前講座の講師が、起業の専門家であっても教育の専門家ではないということです。そもそも言葉の意味を子どもたちに理解させることができるのか。
講座を始める前段階で、「起業」と「企業」の違いが分からない子どもがたくさんいて、さらにそれを上回る子どもが「起業」も「企業」も初めて聞く言葉だ、という状況を解消できるのか。解消できたとして、そこから始める講座を時間内に終わらせることができるのか――心配の種は尽きません。
【教員は支える】
とりあえず私などは「起業」の意味すら分かりません。貿易商のような仕事をするとして知っていなければならない法律や慣習はどれくらいあるのか、あるとしてどこの聞きに行けばいいのか。借金はどのようにするのか、提出しなくてはならない書類には何があるのか、どこへ出せばいいのか。とりあえず何を相談したらいいのか、費用はどれほど掛かるのか――子どもから尋ねられても答えられないことばかりです。
もちろん自分が今すぐに教員を辞めて新しい仕事を起こせるほどに十分な学習をする必要はない(そんな知識や技能があったら教員は辞めている)と思いますが、いまの無知で子どもに向き合うのは勇気のいることです。
【大した負担でなくても、死ぬほどやらされれば死ぬ】
けれど、考えても見てください。そんな小盛のご飯が、起業家精神教育以外に目の前に30杯も40杯もあるのです。正式な食事(基本的な教育課程)を終えたあとで、小盛と言えどご飯30~40杯を全部食べたら、死にます。
もしかしたら政府はこんなふうに言うかもしれません。
「そこまで深刻に考える必要はないでしょ。専門家にセミナーや出前講座をチョイチョイチョイとやってもらって、それで終わりにすればいいのです」
――たしかに。
しかしその程度のものなら、最初からやらなくてもいいのではないですか?