「私の家庭菜園農法:隣がやるまで仕事はしない」~隣り百姓と集団脳① 

 私の家庭菜園。苗植えや種まきの準備は終わったが、
 それ以上は何もしていない。隣がまだだからだ。
 農業は本やネットだけではできない。
 隣り百姓こそ、農業の神髄だ。

という話。 (写真:SuperT)

【隣がやるまで仕事はしない】

 我が家の畑、3月に苦土石灰を撒いて酸性土を中和し、4月の初頭に堆肥を入れて化学肥料も散布し、マルチを敷いたり支柱を立てたりしてほぼ準備を終了しました。しかし今、畑にあるのはジャガイモに長ネギ、そして昨年秋に植えた玉ねぎとサヤエンドウだけです。
 今年は4月が比較的に暖かく、先週末は土曜日が快晴、そして昨日(日曜日)が雨でしたから、土曜日に苗を植えたり種を蒔いたりすればよかったのですがしませんでした。忙しいとか、怠けたかったというのではなく、他の人がやっていなかったからです。

 この「他の人がやっているかどうか」というのは農業をする上で重要な指標で、極端な話、1月にモミを撒いて苗床をつくったり、秋をやり過ごして12月に稲刈りをしたりをするのはバカのやることです。どっちみち収獲なんてできませんから。
 しかし今や情報社会、農業関係の書籍でもネットでも、いくらでも調べるだろうと考える人もいるかもしれませんが、実はそういうわけにはいかないのです。種まきや収獲には暖地だの高冷地だのといった幅がありますし、年によっても違う。私の家のように畑が家屋の北側にある場合もあれば、一年じゅうポカポカと暖かい日差しを受けられるところもあるのです。苗植えや種まきに時期は微妙で、そのサジ加減はプロに頼るしかないのです。

【実際の農業は本やネットでは分からない】

 私のように、ひとに聞くより本やネットで調べる方が好きだという人間でも、農業だけは誰かに教えてもらうしかありません。近隣に師匠と仰ぐ人をみつけて本気で教われば、たぶんかなりうまく行くと思うのですがそれができない。
 なぜなら生来の見栄っ張りで、いまさら30年近くも携わっている畑仕事に自信がないとは言えないのです。30年近い経験と言っても大部分は教師として働く片手間農業でしたから、技術の蓄積もなく、学んだことはすぐに忘れてしまうので中身が知られそうで恥ずかしいのです。
 そこで何をしたのかというと、要するに見て回ったのです。具体的に言うと一日おきの日課であるウォーキングの際に、できるだけ菜園を見て回り、ああネギを植え始めたなと気づいたらネギの苗を買いに行き、キャベツを見たら自分もキャベツの苗を買って植える、ということを繰り返すのです。

 このときの大切なポイントは、決して早まらないということです。あちこちの菜園のひとつにネギが植わっていたからといってすぐに真似をするのではなく、数か所で始まったら自分もやる、というふうにゆっくり後追いをするのが上策。最初にネギを植えた家が“大量にネギ苗をもらってしまった”といった特殊な事情で植えたに過ぎないこともあるからです。さらに先ほども言ったように私の家の畑は日陰にありますから、その点でも少しぐらい遅い方がいいのです。

【最後は誰かに聞くしかない】

 ネギとか玉ねぎとか、ナスやキュウリはこうして苗を植える時期を割り出します。しかしそうはいかない野菜もあります。苗ではなく種を蒔いて育てる、例えばダイコンだとかニンジンだとか、あるいは落花生やジャガイモなども、芽が出てしばらくたたないと何をいつごろ蒔いたのか(植えたのか)分かりません。そして分かったころに慌てて後追いしても間に合わないのが普通です。
 ではどうしたらいいのか?

 これはもうしかたないので、恥を忍んで聞くしかありません。ウォーキングの間に畑で何か作業をしている人を見かけたら、「いま何をしようとしているところなんですか?」とか「最近やった仕事はなんですか?」とか尋ねるわけです。専業農家以外で週日に畑仕事をしているのはたいていが高齢者で、日ごろ話し相手に事欠いていますからたいていは気持ちよく答えてくれます。そこからしばらく話をして、また歩き始めます。特定の師匠を見つけようとすれば相手も熱が入って面倒なことになりそうですが、これだと差しさわりありません。
そんなふうに畑仕事をすすめています。

 右を見て左を見て、周囲に合わせてやっていく農業を「隣り百姓」と言います。明日はこれについてお話をしたいと思います。

(この稿、続く)