「追熟トマトと昭和の野菜」~今どきの野菜、昔の野菜

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 暖冬とはいえ12月に入り、やはり霜が心配にな朝もあります。
 家庭菜園ティスト(2019/6/1 「家庭菜園ティストの話」 - エデュズ・カフェ)を自任する私の畑も、収穫して葉だけになったブロッコリをウサギのエサ用に残して、あとはすべて撤去・終了となりました。

 隣近所の畑にはこれから収穫を迎える白菜やらネギやらがかなり残っているのですが、わが家の菜園は家屋の北側にあってほとんど陽が当たらないため、作物の生育は悪く、土も凍り勝ちなので早めの片付けということになったのです。収穫できるものはすべて収穫してしまいました。
 ところが困ったのがトマトの類です。かなりたくさん実が、赤くならないまま残ってしまったのです。

 

【青いトマトの遇し方】

 青いトマトはピクルスにするとさっぱりとおいしいという話も聞きましたが、一方でジャガイモの芽に似た毒性があり心配、という話もあって、毎年逡巡して結局廃棄していたのです。もともとピクルスが好きでないという事情もあります。

 ところが今年、「青いトマトはヘタの方を下にして、陽に当てておくと追熟するよ」という話を聞き、段ボールに入れて数日縁側に出してみたところ、一部がどんどん赤くなって完熟トマトみたいになっていったのです。
 それが上の写真です。陽に当てて一週間ほどのちの様子です。

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 他にも「リンゴと一緒に紙袋に入れておくと、リンゴから発生するガスのために熟してくる」という話もあって、そこでやってみたのが右の写真。
 下の一個がほぼ完熟状態で、上に一個、あと少しで真っ赤になりそうなのがあります。

 しかし赤くなるのは赤くなりますが、ならないものはまるでなりません。
 もうこれ以上は進まないのかな? と思ってあとは捨てるつもりでいたのですが、その後も赤くなり始めたトマトが出てきます。この分だと待っていればかなりの数が完熟トマトとして食べられるかもしれません。

 ただし、言うまでもなく旬のトマトほどにはおいしくありません。外はぶよぶよでも中は硬く、甘みもかなり少ないのです。
 ですから喜んで食べるというわけにはいかないのですが、サラダなどに赤みがないとやはり寂しいですから目で楽しむことを目的に、料理に加えてもらっています。もうしばらく続けてみましょう。

 しかしそれにしても私がトマトをこんなに大切にいとおしく育てる日が来るとは、子どものころには全く考えられないことでした。農業をしたことがないという意味でも、トマトが大嫌いだったという意味でも――。

 

【昭和中期の野菜事情】

 思えば私が育った時代と現代を比べると、食卓に並ぶ食材の数が違います。
 私が畑で作っているものだけを考えても、ブロッコリもオクラもモロッコインゲンも、ズッキーニもミニトマトも、そんなものは昔はまったくありませんでした。

 わずかにカリフラワーという新種の野菜が発売され始め、マヨネーズをたっぷりかけるとすごくおいしかった記憶はありますが、当時野菜と言えばキャベツに白菜、キュウリ・ナス・トマト、長ネギ・玉ネギ、インゲン・エンドウ・大豆、長芋・じゃがいも、ダイコン・ニンジン、小松菜・ホウレンソウ・・・だいたいそれで全部という感じでした。
 それも味が違う。

 昔の方がおいしかったということはありません。
 ニンジンは生臭く硬く、ピーマンはひたすら苦くてホウレンソウは灰汁だらけ。トマトにいたってはメチャクチャすっぱくて、噛り付くとそのすっぱい汁がぶちゅーッと飛び出てくるのです。しかも汁にはドロドロの種がいっぱい入っていて、田舎者の私には小さなカエルの卵を飲んでいるような気分でした。

 栄養があるから食べなさいと親に強要され、仕方がないので一番いやな汁の部分を先にズルズルズルと吸い取って、味の薄い果肉の部分をあとから食べたものでした。
 それに比べると、現代のトマトのなんとおいしいいことか。

 ニンジンもかつての生臭さがなくなり、生のスティックでも食べられます。熱を通したピーマンに甘味を感じるなどということは全く想像できませんでした。ましてや生でサラダに入ってくるなんて――。

 

【いい時代】

「昔の野菜は今の野菜と比べて味も濃かったし、栄養価も高かった」
という話があって、実際に文科省の資料でもその通りらしいのですが、旬にしか収穫できなかった昭和中期以前と違って、今は一年中いろいろな野菜が食べられますし匂いや味も改良されています。栄養は、その気になればいくらでも全体量として増やせます。

 少なくとも出された料理の食材を見てもため息をつかずに済む時代が来たのは、私にとって幸せなことでした。