「モノを失うことに恬淡な民族」〜災害と復興の国 1

川瀬巴水「今井橋の夕立」)

【モノを失うことに恬淡な民族】

 西日本豪雨はいよいよ死者行方不明者200名を越え、ほんとうにたいへんな事になってしまいました。

 日本人は建物や家財といったモノを失うことには恬淡として、東日本大震災の際も「しょうがない」と言ってさばさばと諦める姿は、各国特派員によって驚きを持って世界に発信されました。これを「前向きな諦観」と言います。命さえ残ればなんとかなるとみんな思っているのです。

 しかし肝心のその命が失われたとなると、議論の場はまったく異なる次元へと移り、人々は失われた命の意味や原因を真剣に追究しようとします。

 災害情報の出し方はどうだったのか、住民の受け止めはどんなものだったのか。護岸工事は適切に行われていたのか砂防ダム等は必要数揃っていたのか、広報や避難訓練は十分行われていたのか――。

 しかしその間に生半可な議論がはさまったり無責任な判断が入り込んだりして、あまり建設的でない方向に話の進むことも少なくありません。

 例えば、放っておくと小賢しい中学生あたりは、

「あんな危険な所に家なんか建てて、バッカっじゃねえか」

とか平気で言い出しかねません。

 中学生は子どもですから人々の生活の重みだとか、営みの歴史的経緯だとかがわからないのです。わからないことは私たちが教えてやらなければなりませんし特に大人をバカにするような発言には、間髪を入れず指導しておく必要があります。

【そこには住むだけの理由がある】

 人がその場所に家を建てるには、少なくとも建てた時点ではかなり合理的な理由があったのです。

 山裾と平地との境目、山を下ってきていきなり平らになるあたりは、湧き水のふんだんに出る場所です。人々が新しい土地に向かおうとするとき、真っ先に取りつかなくてはならない場所のひとつが“山裾”なのです。

 あるいは米を主な収入源とする農民は(と言えば江戸時代の以前のほとんどの農家はそうなのですが)危険承知でも川辺に住まざるを得ませんでした。そして川は、川底が上がって天井川なる事がわかっていても、堤防をつくって抑え込まなくてはなりません。暴れるに任せていたのでは計画的な農業生産はできないからです。

 林業を生業とする者に山を避けて平地に住めというのは愚かですし、津波や高潮が怖いからといって海岸線から遠く離れたところに家を構えては漁業なんかやっていられません。

 それぞれの職業や生き方で、住む場所は決まります。たとえ危険だったり辛いことがあったとしても、日常生活を送るうえで一番都合の良い場所に人は住むのです。

【土地には執着した】

 ではその必要がなくなったら、人はさっそく居住地を変えたかというとそうでもありません。明治以降、今日まで、多くの人々が先祖代々の職業を捨てて別の仕事に就きましたが、簡単に土地を手放すことはしませんでした。家財に対する執着は少ないのですが、土地に対する想いは強いのです。“一所懸命”と言うがごとく、私たちの祖先は“一所”に“命を懸け”、先祖伝来の土地を手放すことに強い抵抗感を示したのです。

 若い人はすぐに、

「そんなろくでもねえ土地、さっさと売り払って現金にしようぜ!」

とか言いますが、その若者だって歳を取ればわかります。土地には産土(うぶすな)がついているのです。その人が生まれた土地の守護神です。

 もっと科学的に言えば産土の一部は地縁血縁、いざという時に自分を守ってくれる人間関係です。おいそれとは捨てることはできません。

【大人をバカにしてはいけない】

 子どもたちはそういうものさえもしばしばバカにします。人は個人として、自分自身の力だけを頼って生きるべきだと本気で考えている子もたくさんいます。

 説得する必要はありませんが知識として耳に入れておいてやらないと、人を小バカにして終わらせる愚かな大人に育ってしまう危険性があります。

 大人をバカにしてはいけない、まだまだお前の知らないことは山ほどあるのだ。

 お前が今、絶対的な自信をもって叫んでいる意見が、実は大人なら誰でも知っているたった一つの知識がないばかりに、平気で言えていることかもしれない、そんなふうに己の無知を怖れなければいけない、みんながおとなしく聞いているのは、オマエに説得力があるからではなく、単に呆れているだけなのかもしれないと、そんな恐れをもたなければいけない。

 大人をバカにしてはいけない。

                              (この稿続く)