「『命がけで産んだということを忘れないでほしい』と母親は言った」~命を守る教育の本質的なひとつの答え 

 ウクライナの取材から戻った若きジャーナリストの記事を読み、
 その誠実で勇気ある態度に感心した。
 この人はどんな育ち方をしてきたのだろう。
 そのヒントは記事の中にあった。親たちがそのように生きてきたのだ。

という話。

f:id:kite-cafe:20220412072109j:plain(写真:フォトAC)


ウクライナから戻った若きジャーナリストの話】

 もう一カ月半も、ウクライナとコロナのニュースばかりを見ています、と言うか、ニュース番組がこの二つばかりなので見れば必然的に「ウクライナとコロナのニュースばかり見ています」ということになります。たぶん日本中のほとんどの人たちが同じ状況なのでしょう。

 時折「ゼレンスキーが国民に投降を呼びかけた」だの「速報:ゼレンスキー大統領がキエフ脱出」などといった話も出ますが、これだけ大量の情報が流れてくると偽物はすぐに弾かるので助かります。西側の情報が何もかも正しいとは言えませんが、量で克服できる面もかなりあると感じています。

 さて、きょう紹介したいのは、「メディアセンターがあることに驚いた。利用されうると感じた」「帰国後は“幸せになれない”感情に」…ウクライナ入りした24歳の日本人ジャーナリストの告白という記事です(長い題名だなぁ)。

times.abema.tv

 内容のほとんどがタイトルの中に書いてあるので説明の要はないのですが、ウクライナが今回の戦争に対してどれだけ用意周到だったのか、よくわかる記事なのでぜひご一読ください。
 ただし今回私が取り上げようと思ったのは、その周到さのためではありません。内容からすれば枝葉末節に過ぎない「24歳の若きジャーナリストと家族の物語」に関する短い部分のためです。

 

【「命がけで産んだということを忘れないでほしい」】

 記事に出てくる24歳の青年は駆け出しのフリーランスですから旅費も自腹、行き帰りの手配も自分で行っての取材旅行です。ウクライナに行くと言えば当然ひきとめられますから家族には告げず、ただ万が一のことを考えて部屋の掃除だけはして出発したといいます。
 もちろん帰ってきてから散々に叱られることになるのですが、そのときお母さんのひとことが実にいいのです。
「命がけで産んだということを忘れないでほしい」
 危険と承知の上であえて戦場に行ってきた息子にかける言葉として、これ以上のものがあるでしょうか?
 今回は間に合いませんでしたが、次に危険な取材をしようというとき、この言葉は必ず甦ってきます。だから行くのをやめるということにはならないと思いますが、それでも安全策をひとつ加えるとか、ぎりぎりのところで一歩引き下がるとか、何らかの危険回避につながることは確実でしょう。

 

【命の教育のひとつの答え】

 子どもの命に関わる事件が起こるたびに、学校は「命の教育を拡充すべきだ」とか「命の大切さを教える教育が必要だ」とか言われ続けてきました。しかし何をしたらいいのか、私はいつも困ってしまいました。命の教育など、いつだってずっと続けてきたはずだからです。いまさらこれに何を加えられるのか――。

 人の命は地球より重い、自由は大切だ、平等は守らなくてはならない、こうした原則的な問題は実はかえって難しいのです。
「自由は大切だというけど、他人の自由を奪う人間の自由はどうなるの?」とか「平等が大切なら、なぜ親は子に命令できるの?」とか、「ウクライナの人たちだってロシア兵を殺しているじゃないか」みたいな話が持ち出されると、説明がとても厄介になるか、しばしばうまく話せません。

「自分の命を大切に」も「自分の命なんだからどうしようと勝手じゃない」に出会うと面倒くさいことになります。しかし、
「命がけで産んだということを忘れないでほしい」
――そうだ、この命を生み出すために自らの命を懸けた人がいる、その人に与えられた命は自分だけの命ではない。これは説得力のある、優れた答えのひとつとなるでしょう。
 ここぞというときにこれしかない言葉をかけられる人が、私は本当に羨ましい。

 かなわないことでしょうが、この若きジャーナリストの母親という人が、どんな家庭に生まれどんな教育を受けて育った人なのか知ってみたい気がします。おそらく命に関する真摯な生き方を続けて来られた家のお嬢様なのでしょう。
 もちろんそれを知ることはできませんが、彼女がどんな子を育てたかは、今の私は知っています。