「『九州男児』は本人も周囲も大変」~あらゆるものの存在する土地が生み出す強い精神

 たいへんな日々が続いてるが、
 九州にこれ以上の災厄が降りかかりませぬように。
 しかしそれにしても、長い長い苦難の道を、
 よくもここまで歩いてきたものだ。
 そこに生きる人々の精神は強く、そしてなかなか大変だ。

というお話。

f:id:kite-cafe:20200708052108j:plain(「熊本県大観峰フォトACより)

【災害のハイウェイ】

  九州の豪雨がまったく治まる気配がなく、昨年から熊本に息子のアキュラを置いている私のとしても落ち着かないところです。
 しかしなぜ今回も九州なのでしょう。

 平成以降だけを見ても、
1991年(平成 3)雲仙普賢岳噴火・火砕流
1993年(平成 5)鹿児島8.6水害
1996年(平成 8)台風12号災害
1999年(平成11)6月豪雨、台風18号災害
2000年(平成15)水俣市土石流災害
2001年(平成16)に至っては、台風15号・16号・18号・21号災害
 そして2009年(平成21)以降は、ほとんど毎年のように大きな災害に見舞われています。

2009年(平成21)中国・九州北部豪雨
2011年(平成23)霧島山新燃岳噴火
2012年(平成24)九州北部豪雨
2014年(平成26)8月豪雨
2015年(平成27)口永良部島噴火
2016年(平成28)熊本地震
2017年(平成29)九州北部豪雨、台風18号被害
2018年(平成30)西日本豪雨、台風24号被害
2019年(令和元)九州南部大雨(6月~7月)、北部大雨(8月)
 そして今回の大雨。まるで災害のハイウェイです。

 もちろん「なぜ九州ばかりが」は愚問であって、地理的・地形的に大昔から災害の多い土地柄ではあります(ただしここ数年の豪雨は特別な気もする)。そこに人々は生き続けてきた――。
 
 

【あらゆるものが存在する土地が生み出す強い精神】

 台風の通り道であって梅雨時には前線が停滞しやすい、海からの距離を考えると九州山地筑紫山地も急峻で川の流れは一気に駆け下る、活火山が多くしばしば噴火を繰り返す上にシラス台地を始めとする火山灰台地が厚く積もっていて崩れやすい――これではもう、「災害よ来たれ!」と言っているようなものです。

 さらに自然災害だけではなく、白村江の戦いやモンゴル来襲、朝鮮出兵南蛮貿易、幕末の外国船来航など、外国との交易にも交戦にも、常に最前線として晒されてきた場所でもあります。

 国産の鉄砲が初めてつくられた島と、現在、国産のロケットが盛んに打ち上げられる島は同じものです。そのうえ九州島自体が今やシリコン・アイランドと呼ばれるような最先端の地域となっています。それが現在の九州のひとつの面ですが、そのくせもう一方で、日向にも宗像・沖ノ島にも、五島にも、洋の東西を問わない神々が、今も宿っている不思議な場所です。

 これだけ大変で面倒くさい土地だと、やはり頑固でたくましく強い精神は育つに決まっています。
 
 

【必要なことだが、「九州男児」は本人も周囲も大変】

 九州男児と総称される男たち(「肥後もっこす」だの「薩摩隼人」だの、少し変わったところでは「いもがらぼくと」だの)は、どんなにやせ我慢をしてでも内面の弱さを外に見せようとはしません。
 それはおそらく地理的にも文化的にも激しく人間をゆさぶる土地にあって、一歩譲ることが百歩譲ることになりかねなかったからなのでしょう。
 すごいことです。

 もっとも昔、修学旅行を引率して行った京都で、私の学校の生徒とトラブルになった相手が、「九州男児」で困ったことがありました。相手の学校の先生がそばにいなかったということもあるのかもしれませんが、簡単に引いてくれないのです。お互い様というわけにはいかない。

 以来、新しいクラスの担任になって修学旅行に行く際は、「旅先でトラブルになっても必ず先生(私)が解決する。ただし九州の中学生相手だけはやめてくれ」と生徒にお願いしておくことにしました。おかげで以後はそうした種類のトラブルはまったくありませんでした。
 相手が九州男児かどうか確認してから突っかかるなどという面倒なことはできないので、旅先で他校生と接触しないようにみんなが気をつけてくれたのです。
 それはそうですね。ガンをつけただの何だのとさんざんやり合った後で九州と知って、それから「ごめんなさい」などと引き下がるわけにもいきませんもの。

 しかし「九州男児」、そして「薩摩おごじょ」をはじめとする「九州女子」たち、この人たちは現在進行形の災害に対しても、きっとへこたれることなく、何度でも立ち向かっていくことでしょう。そう考えると、その精神のありように私の心も震えます。

 これ以上、災害が大きくなりませんように。