カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「名人は道具を使わない」~日本的コミュニケーションの話①

 日本人はコミュニケーション能力に問題がある、言語表現を高めなければいけない―そういったことが話題になるとき、人は子どもたちにどんな姿を期待しているのでしょう。

 サンデル教授ハーバード白熱授業みたいに学生が次々と発言を求め、丁々発止のやり取りをする、場合によっては議論によって相手を叩き潰す、そういう能力を求めているのでしょうか。

 たぶん、そういうものだと思います。
 外交交渉や商取引において、もう一歩深く入り込まなかったためにホゾを噛むといった経験を山ほどしてきたからです。しかし議論において、たとえばアメリカ人と互角にやりあえるようになると、もうそれは日本人ではなくなってしまうのかもしれません。

 危機において辛抱強く待つとか、相手の思惑を読むといったことは極めて日本人的であって、自己を主張し、1ミリ分でも自分に有利にことを運ぼうとするのは私たちの性に合いません。

 もちろん外交交渉や商取引においてはアメリカ人的に、普段の生活では日本人的にといった言い方もできますが、人間はそんなに都合の良い存在ではありません。

 さて、先月末、NHKの連続ドラマ「塚原卜伝(ぼくでん)」が終わりました。卜伝という人はものすごく有名な剣豪なのですが、私自身は何をした人なのか長く知りませんでした。知っていたのはとんでもなく強い剣豪だったということ、そして次のようなエピソードだけです。

 剣豪の噂を聞きつけた宮本武蔵は、ある日卜伝の庵を訪ねる。見ると卜伝はちょうど食事の準備をしているところだった。囲炉裏で鍋をかき混ぜる後姿は隙だらけに見えた。そこで背後に迫ると武蔵は木刀で打ち付ける。ところが卜伝はすべてを知っていたかのように、振り向きざまに鍋蓋で木刀を受けてみせた――。

 卜伝は武蔵の生まれる30年も前に死んでいますから、これはまったくの作り話です。しかし作り話ながらこの話がもてはやされるのは、真の剣豪は剣を使わないというパラドックスが私たちの感性に合うからです。

 似たような話は中島敦の「名人伝」にもあります。
 主人公の弓の名手紀昌は天下無双となったのち、甘蠅(かんよう)老師という大家の存在を知ります。そこで勝負を挑むのですが、なんと老師はゆれる不安定な石の上で、弓も持たず矢を射るしぐさだけで空中の鳶を射落とすのです。
 完敗の紀昌は老師の下で9年の修行をし、弓を持たず山を下ります。以後、紀昌が矢を射る姿は誰も見ることはなく、しかしその周辺には様々なうわさが広がります。

 紀昌の家の屋上から何者の立てるとも分からぬ弓弦の音がしたとか、古(いにしえ)の名人二人と紀昌が弓争いをするのを見たとか、はたまた紀昌の家に入ろうとした盗賊が何かを額に受けのけぞって倒れたと告白したとか、「以来、邪心を持つ者は紀昌の家の十町四方を避けて通るようにした」とかいった話です。

 それからさらに数十年して、紀昌は知人に招かれその家を訪ねます。そしてそこにあった弓矢を不思議な顔をして眺めます。紀昌はそれが何という名前で何に使うものか、まったく理解できなかったのです。
 家の主人はそれを畏れ、以来、「都では画家は絵筆を隠し、楽人は瑟(しつ:琴の一種)の絃を断ち、工匠は規矩(きく:定規)を手にするのを恥じたということである」

 それが「名人伝」の最後です。

(この稿、続く)