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「枠は減るのに教員は増える、もしかしたら収まりきらない」~定年延長の行方③

 定年延長で今後6万人近い正規教員の増加が見込まれる。
 しかし法律上、教員の枠を広げるわけにはいかない。
 新規採用を減らし、講師の枠も減らし――、
 それでもダメなら・・・定数を増やすしかないじゃないか。
という話。
(写真:フォトAC)

【だから言ったじゃないか・・・】

 教員免許更新制が始まったとき、
「こんなことをしていたら講師がいなくなっちゃうじゃないか」
と危機感を露わにしたのは現場だけでした。

 免許更新は現役教師にとっては必須であり、更新講習の受けやすい状況が設けられていましたが、免許取得から一度も教職に就いたことのないいわゆるペーパー・ティーチャーや、定年退職その他で学校を離れた教員は、基本的に対象外でした。特に後者は産休・療休といった急な欠員に「明日から来てくれ」と言われて即応できた、しかも経験者ですから即戦力として使える頼もしい存在だったのですが、そうした人材が毎年毎年、数千人単位で失効していったのです。
 現在の教員不足の中心的課題は正規の教員不足ではなく、産休や療休に伴う講師の不足ですが、そうなる仕組みはすでに10年以上前につくられていたのです。

【正規教員過剰の時代】

 いま、隠れた問題となってきそうなのは教師不足とは逆の教員の過剰です。
 定年延長でこれまで毎年辞めていた教員が、そのまま居残りるわけですから当然その数はだぶついてきます――そんな当たり前のことを問題として論じた文章に、私は会ったことがありません。わずか5年ほどで6万人近い正規教員が新たに誕生する、しかもそのほとんどが61歳~65歳の、ひと昔前なら老人扱いしたような人たちなのです。
 なぜみんな悠然としていられるのでしょう?
 教師不足と言われているからですか? 講師が足りないとみんなが困っているからですか? でもだぶついてくるのは講師ではなく、正規教員なのですよ。

【教員枠はむしろ減るのに、教員数は確実に増える】

 教員の数というのは困ったことに、仕事の量や予算によって決められのではなく、学級数によって導き出されるものです。どんなに教育困難な学校でも、どれほどやりやすい学校でも、児童生徒数が同じで学級数が同じなら、教員の数は同じです。
 仕事がどれほど多様化し、複雑化し、高度化しても、学級数が増えなければ教員は増やせません。それが現在の教師の多忙化の原因となっています。平成の30年間に学校の仕事は爆発的に増えたのに、仕事量に応じて教員が増えることはなかったからです。
 そして同じ法律(*1)によって、定年延長のために正規教員の数が大量に増えても、増えた分を単純に抱えることはできないのです。

 現在小中学校の教員は66万6000人ほどですが、児童生徒の増えない現状では10年経っても66万6000人です。いや実際には少子化のために学級数は減少傾向にありますから、理屈上はさらに教員を減らさなくてはなりません。法律で決まっています。それなのに5年以内に6万人近い教員が定年延長で学校に残ってしまうのです。
 この矛盾、どうやって解消していくのでしょう?

【予想され対応】

[再任用教員との相殺]

 ひとつ好材料として言えるのは、2023年度中に65歳になった再任用の先生たちが、一斉に学校からいなくなってくれることです。再任用は61歳の定年から65歳の年金支給開始までの5年間、公務員だった人が無収入にならないようにつくられた制度ですから、定年延長が進む中で毎年一定数が消えていき、5年後にはゼロになってしまう存在です。
 私はその人数について正確な数字を持っていないのですが、平成の終わりごろに24000人~28000人でしたら、現在は3万人程度かと思います。これで定年延長による増加分の半分は消化することができます。
 けっこうな数ですが、まだ3万人も残ります。また再任用の先生たちの三分の一弱は時短勤務でしたからそれをどうやり繰りしていくかも大きな問題です。

[新規採用を絞る]

 正規職員があまり気味なら、当然、採用枠を減らすという話になります。おりしも「教員採用試験の倍率の低下」が「教員の質の低下」と同一視されて問題化していますから、「採用枠の縮小」→「競争率の上昇」→「教員の質の低下に歯止めがかかる」と受け止められ、喜ぶ向きもあるかもしれません。
 しかし絞りすぎると年代別の教員数でくびれる世代が生れ、のちのちに禍根を残すことになるかもしれません。

[講師の首を切る]

 講師は常に粗雑に扱われる傾向があります。しかし「正規の教員が増えたから講師は辞めてくれ」というのは心情的には許せなくても、「そのための講師じゃないか」という考え方はいつでもあります。
 現在学校で一生懸命働いてくださっている講師の先生をいったん外に出すことによって、”産休・療休代替としていつでも自由に招集できる”、そう考える人もいるでしょう。つまり現在の講師不足も難なく解消してしまうかもしれないのです。
 ただしそれは長くともに働いた、講師の先生の犠牲によって生み出される課題解決です。

【絶対のありえないこととして】

 この際、教員定数を増やす。
 「教員免許のない人でも採用する」「教職大学院を出てくれば奨学金返還を免除する」「採用試験の日程を繰り上げる」・・・これまで文科省の打ち出した教員志望者増加策にはロクなものがありませんでした。しかしそれも無理ないのです。
 「仕事は減らさない」「教員は増やさない」という二つの絶対的な命題があって、その部分を1ミリも揺るがさずに何かをしろと言っても打ち出す策がありません。
 前者については多少改善しようと鳴り物入りで始めた「部活動の地域移行」が、文科省が補助事業としてやった市町村のみ一部成功、あとは完全に頓挫。課外活動ですらなくせないのに、本業で減らせるものがあるはずがないと、そんなありさまです。
 後者の方も「教員を増やそうにも、なり手さえいなくなってしまった」という現状がありました。ついこの間まで。

 しかし今や教員はあまり始めるのです。定数を見直して増やすことのできる、これが最後の機会かもしれません。今できなければ教職はこの先もずっとブラックのまま、今後100年たっても教員志望が増えることはないのかもしれません。
(この稿、終了)

*1:「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」