カイト・カフェ

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「しがらみは弱者がつくった安全網」~社会三悪の行方⑤

 今や重荷になりすぎて、人々が大挙して逃げ出す社会三悪
 労働組合・町内会・PTA 。 
 しかしその始まりは、弱い自分たちの弱さを抑えて、  
 強く守り合う仕組みだったのだ。
という話。(写真:フォトAC)

【私たちは町内会から離れた人を守り切れるのか】

 都会でアパート暮らしをしていると隣りの部屋の住人が何者なのか、目の前の一戸建ての家が何人暮らしでどんな構成なのかとかいったことが、まったく分からなくなります。塀や壁がなければ数メートルの近さにいる人間が何者か分からない、それで平気で暮らしているのですから大したものと言えば大したものです。ところが最近、田舎でも同じことが起こると気づきました。

 この前も少しお話しした、数年前、同じ組なのに町会を辞め、区費も払わなければ清掃作業にも出てこなくなったお宅、今や誰と誰が一緒に暮らしているのかよく分からなってしまったのです。
 私の娘と同じ年のお嬢さんがいて、その上に三歳年上の兄貴とすでに家を出た、たぶんさらに四歳くらい年上のもうひとりの兄がいたことは分かっているのですが、子どもたちが現在も同じ家に住んでいるのか、誰と誰が結婚しているのか、孫はいるのか――そういったことが一切分からないのです。だから万が一のときも助けようがない。

 消防士に、
「家には何人いるのですか?」
と訊かれて、
「さあ~、あ~、え~?」
では話になりません。

 私がこのお宅についてさらに思うのは、もし将来のいつか、大災害に見舞われて避難所暮らしが始まった時、この一家はどの面下げて避難して来るのかということです。避難所の運営は結局隣組を基礎としてするしかないのですが、私たちの前に並んで、平気で支援物資を受け取るのでしょうか? もちろんそうするでしょう。それができる人だから早々と町内会から抜けることができたのですから。

 私の住む地域は、地形・気候ともに平和で穏やかな土地です。避難所暮らしなどまず考えなくてもよい場所ですが、それでも万が一を考えてご近所との関係を絶やさず、いざというときは面倒を見てもらう仕組みを保全しておく――危機管理というのはそういうことです。

【しがらみは弱者だからつくった】

 社会三悪とか言って揶揄される労働組合・町内会・PTA――それらを考える上で、私たちが忘れてはならないのは、それがもともと弱者である私たちが、数を頼りに身を守ろうとつくった危機管理の組織だということです。

 労働組合が弱い労働者を資本家から守るためにつくられた経緯はお話しするまでもないでしょう。

 町内会・隣組は国家が地方自治の組織を固める中で、政治の最末端を担うためにつくられた組織、ではありません。原始まで遡ると、まず家族と小集団が自分たちの権益を守り、生きる残るために生まれたのです。国家は後です。
 日本でも、のちに氏族と呼ばれる集団が国家に先んじて生まれます。弱い彼らが次第に集団を大きくし、防衛的な性質のものが攻撃的なものへと性質が変わっていくことはあっても、基本的には身を守るための組織です。
 昭和初期の結婚式で来賓のほとんどが親戚と地域の人々であったのはそのためで、式は安全網への参加儀式といった側面を持っていたのです。

 PTAの母体は明治時代につくられ、昭和前期まで続けられてきた「後援会」「保護者会」「母の会」です。父兄会と呼ばれることも多いこれらの組織は、明治五年の学制発布依頼、一貫して経済的基盤の弱い学校を金銭的・労務的な両側面から支えて来ました。

 学校というところも何が何でも支援を必要としたわけでなく、モノやカネがなければないなりに何とかやれたのです。しかし保護者や地域の人々は、自分たちが支えれば村の子どもたちにさらに良い教育環境の中で学習できることを知っていました。だから協力した、行政が乗り出すのを待つのではなく、それぞれが少しずつモノやカネやチカラを出すだけで、子どもたちが隣村に負けないすばらしい教育を受けられると、皆、信じてがんばったのです――その理念は今も変わりありません。

【PTA会長のいない学校は苦しい】

 PTAがなくなることの一番の不安は、保護者が自分たちのために働く公式な代表者を失うことです。もちろん普通の状況だとまったく問題になりませんが、危機の時は別ですしょう
 これいついては今年の二月に記事にしてあるので、興味のある方はそちらも読んでみてください。

kite-cafe.hatenablog.com

 ひとことで言うと危機の際、保護者の代表として事件の最初から最後まで、現場に深く入り込んで事実の見極めができるのはPTA会長だけだということです。学校が隠ぺいしていないことを、内部に入っていて確認・保証できるのもPTA会長だけです。操作の進捗状況など、いちいち警察や学校に問い合わせえるのは敷居が高い。しかしPTA会長・副会長、その他の役員なら、聞きやすいでしょう。そちらに問い合わせればいいのです。学校側も、個々の保護者が大挙して押し寄せたら調査どころではなくなりますからありがたい。

 最近、私の母の住む実家近くの中学校で、現職の教員が盗撮で逮捕されるという事件が起きました。特に女の子の親たちは不安なはずです。生徒にはカメラを向けたことがないという供述だそうですが事実かどうか――。学校の調査を確実なものにして隠ぺいを許さない。それができるのもPTA会長です。
 現在のPTA会長がどなたなのかは知りませんが、これからしばらくはたいへんでしょう。しかしこの人がいること自体が、安全弁のひとつですから、がんばってほしいものです。
 労働組合・町内会・PTA。内容が苛酷な場合は見直さなくてはならいませんが、しがらみは弱者がつくった安全網(セーフティ・ネット)。教員たちにとっての労働組合日教組)がそうであったように、力を完全に失ってからホゾを噛んでも遅いのです。

(この稿、終了)