「個性の時代、親の技量が問われる」~夏休みに思ったこと、考えたこと④

ひとつの事象をとっても、親たちの反応はさまざまだ。
学校以上のことができる親もいれば、全く無力な親もいる。
しかし個性重視の時代だ。学校の呪縛を逃れ、
親たちよ、子どもとともにがんばれ!
という話。(写真:フォトAC)

【本来家庭でつけるべき力を、家庭は育ててくれるだろうか】 

 教育問題に関してSNSを見ていますと、特に教師の多忙にかかわって「そんなこと親の責任だろう」とか「学校がやるべきことではない、家庭に返せ」といった記述を見ることがあります。
 筋としてはその通りだと思いますが、私は問題を親や家庭に返すことに気が進みません。返しても受け取ってもらえるとは限りませんし、受け取った上で間違った扱い方をされてもかなわないからです。
 例えば携帯電話。

 文科省は2019年2月、まだ多くの学校でケータイ・スマホの持ち込みはおろか所有さえ禁止しようと躍起になっているときに、勝手に小中学校への持ち込みを許可してしまいました。最前線で戦う教師を背後から撃ち殺すようなものです。
「災害が起きた際の児童・生徒の安否確認などに必要なケースもある」というのが理由です。
「100年に一度あるかないかの災害のために、子どもの日常を危険にさらす愚行」と教師の目には映りましたが、世間的にはおおむね好評。時代が違うのだそうです。

 文科省は携帯仕様のガイドラインを示し、ときの文科大臣は「持ち込み禁止を緩和する一方、適切な使用について児童・生徒や保護者に条件をつけていて、さまざまな懸念や問題に一定の配慮がなされている」と説明しましたが、誰もが知っているように、ルールやガイドラインは守れる人もいれば守れない人もいるのです。自分が守るのではなく、子どもに守らせるとなるとさらに困難です。


【学校へのケータイが許可されて、親たちはどう反応するか】

 ある親は文科省の通達にもかかわらず、小中学生のうちは絶対に持たせないと決意を新たにします。ネットいじめや良からぬ人々との交流、悪意を持った大人の接近やネット詐欺、有害サイトへのアクセス等々、そんなことを考えたら恐ろしくて与えられないと考える人たちです。

 別の親は子に渡す代わりに、毎週中身をチェックすることを欠かしません。ときおり抜き打ち検査もしたりします。チェックされないルールは必ず破られると信じ込んでいるような人たちで、私もそうです。
 もっとも私自身はだらしない性格なので検査を続けるのにかなりのエネルギーを必要としますが、世の中には苦もなく淡々とこうしたことが続けられる人もいるのです。気に入らないことがあれば指導します。フィルタリングが外されていないかも必ず確認します。
 
 しかし多くの親はケータイ・スマホを渡したまま、大した管理や指導をしないまま時を過ごしてひどい目に遭います。
 ゲームのやりすぎで視力が落ちた、学力が落ちた、は序の口。『「いつまでゲームをやってるの!」=「いま勉強をしようと思っていたのに」』戦争は永遠に続き、親子関係は悪くなる一方。こんなことなら『「スマホ買ってよ」=「絶対買わない!」』戦争を続けていた方がよほどマシでした。少なくともケータイ料金と通信料、子どもの視力や学習時間は守れたのですから。
 
 しかしネットを使ったいじめの被害者、あるいは加害者になることや、犯罪や連れ出しに利用されるとなると笑って済ませることもできません。私はたった二日のやり取りで男に連れ出された小学生の事件を思い出します。ネットで知り合った相手に付きまとわれ、刺されたという事件もありました。
 高校生以上なら仕方ないにしても、小中学生をそんな危険な目に遭わせるわけにはいきません――と教師は考えます。しかし多くの保護者はなぜかわが身には起こらないことと自信を持っています。

 いうまでもなく何の憂慮もなく渡せる子どもも稀ながらいます。何か打ち込むことがあり、それが面白くて面白くてケータイで遊んでいる暇がないといった、例えば9歳4カ月で囲碁のプロになった藤田玲央君のような子が例です。
 そうです。小学校に上がる前からそんな子に育てておけば余計な苦労はせずに済んだのです。
 

【学校を盾にしておけば楽だったのに】

 これまで、子育てが不安だったり、子どもの行動を抑制できなかったりする保護者の中には、しばしば「だって学校がそうしろって言ってるんでしょ!」とか「学校の決まりだからしかたないじゃない!」と学校を口実に問題を解決しようとする人がいました。私はそれでいいと思っています。
 すべての事象に合理的な説明ができて、さらに子どもを納得させることのできる親など、そう多くないのです。学校のせいにして時間とエネルギーを節約し、その分を他にあてればいいのです。それが昭和の知恵でした。

 しかし今や個性重視の時代。その子の持って生まれた遺伝的形質や、親が培ってきた性格・能力が学校に優先される時代です。親ガチャだのと子どもも嘆きますが、学校が押し付けるものに従うよりははるかにマシだと、子どもたちにも諦めさせましょう。