「校長というお仕事」~校長先生は神様である

 副校長(教頭)先生のお仕事って 遠くから見ているとなんとなくわかるけど
 校長先生って いったいなにをする人なのだろう? 


1 校長は学校そのものである。

 教育に関する法令を読んでいると、ときどきその責任の所在が分からない場合があります。 
 例えば学校教育法第12条 
「学校においては、別に法律で定めるところにより、学生、生徒、児童及び幼児並びに職員の健康の保持増進を図るため、健康診断を行い、その他その保健に必要な措置を講じなければならない」 
 この第12条に違反があった場合誰が追及されるべきか、教委か校長か、はたまた教職員全員か?
 ーー答えは“校長”です。法令において「学校は〜」といった表記があってしかも意味がすんなり通らない場合は、これを「校長は〜」と読み替えて解釈するのが通例です。つまり校長は学校そのものなのです。

  2 校長は教員ではない? 

 やはり教育に関する法令では「校長および教員」といった表現が繰り返し出てきます。「校長」と「教員」とを分ける以上、校長は教員ではないのです。そう思って「学校教育法」の第二十八条を見ると、
○3 校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。 
○4 教頭は、校長を助け、校務を整理し、及び必要に応じ児童の教育をつかさどる。
○6 教諭は、児童の教育をつかさどる。
とありますから教頭・教諭は「児童の教育をつかさどる」ことができますが、校長はできないことになります。だから教員ではないということなのでしょう(もちろん教職員の枠には入ります)。 
 ということは校長先生に授業をやらせるとその時間は授業時数にカウントできないということです。もしどうしても必要なら地域の人材と同じ扱いにし、つまりTTとしてやるしかないのです。
 
  また「学校教育法施行規則」では平成12年の改正によって、教員免許を持たない民間人でも校長や教頭に任命することができることになっていますが、上位法である「学校教育法」で教頭が授業をする可能性に言及している以上、教員免許を持たない民間人を教頭にするのは危険です。担任が療休に入ってしまい代わりが見つからないので教頭が入っている、といった話はざらだからです。したがって現在まで、純粋な民間人教頭というのは全国で10人もおらず、それもすべて規模が大きく、教諭の代わりをしないですむ高校の教頭です。 

 

  3 校長は神様かもしれない。 

 修学旅行などに行くとき、なぜ校長先生が同伴するのでしょう。同じ引率者でも養護教諭の方は、これはもう役に立つに決まっています。しかし校長先生なんていなくたって困りませんし、生徒と違って旅行のことなんかさっぱり分かっていませんから邪魔なくらいです。中には「次はどこに行くの?」などと平気で聞く校長先生もいたりします。
  しかしそれにも関わらず、校長は重要な役を担っています。それは「責任を取る」という役です。
 万にひとつもあるかどうかですが、旅行先で重大事故があって児童生徒に死傷者が出た場合、誰が責任をとって辞表を書けばいいのか。 
 若い担任や40歳前後の学年主任に責任を取らせるのは気の毒です。個人に重大な瑕疵があれば別ですが、これから子育てをし教育費もかさむこれらの人を学校から追い出すわけにはいきません。
  そうなると一番いいのが校長です。この人は放っておいても数年後には辞めます。それに担任や学年主任が辞職しているのに校長がのうのうと居座るというのでは世間も許しませんから、どっちみち辞めなくてはなりません。校長が修学旅行などについていくのにはそういう事情があります。その意味では一種のお守り(=神様)みたいなものです。

 いつだったかある校長先生が私にぼやいたことあります。
 「人事権もなければ予算を取ってくる力もない。結局、挨拶をして責任を取るのが校長の仕事だな」
 確かに“挨拶”の回数はべらぼうだと、私も思います。「挨拶をして責任を取るのが校長の仕事」、うまいことを言ったものです。