「我が母のプライドと偏見」~自分を受け入れることの難しさ

 94歳の母が昨年11月からデイケアセンターへ通い始めた。
 私はコロナ禍のために見学もできていないが、
 そこにはさまざまな人たちがいるらしい。
 しかしそこにいる自分を、母は受け入れられない。

という話。f:id:kite-cafe:20220217072049j:plain(写真:フォトAC)

【年寄りに必要な「きょういく」と「きょうよう」】

 年寄りには「きょういく」と「きょうよう」が必要だと聞いたことがあります。

「きょういく」というのは「今日、行くところ(場所)」、「きょうよう」は「今日、なすべき用事」のことです。確かにその通りで、母などは何もなければ一日中寝ていて、食事さえもしないで済ませてしまいそうです。もうそれだけで「寝たきり老人」3分前みたいなものです。

 というわけで昨年8月までは週2回、高齢者専用のスポーツ施設で半日過ごすのを「きょういく」と「きょうよう」の場としていたのですが、8月の月初めに尻もちをついて背骨を骨折し、2カ月ほど運動を休んだらすっかり体力が落ちてしまい、背中もさらに曲がって、ランニング(ウォーキング?)マシンどころではなくなってしまったのです。

 ちなみに母の骨折で初めて知ったのですが、背骨の曲がったお爺さんお婆さんというのは、基本的に全員が背骨の骨折を何回も繰り返した人たちなのです。小さなブロックの積み重ねである背骨は一部を圧迫骨折すると二度と復元しない、それが“曲がり”の原因なのです。若い人なら手術するところですが、老人だとそのままがむしろ安全なのでしょう。
 そう言えば昔は“腰が直角に曲がっているのにやたら早く歩くお婆ちゃん”というのがかなりいました。栄養が行き届かない時代に骨粗しょう症になって骨折を繰り返した、見かけよりはずっと若い人だったのかもしれません。

 話を戻すと、運動と言えるほどのこともできなくなった母は介護度も「要支援」から「要介護1」にレベルアップ(?)し、今度は週2回のデイサービスに通うようになりました。ところがここが問題山積み――。

【明日は我が身だが今日は別の身】

 ともにデイサービスを利用する仲間として母は新参、他の多くは要介護になってから日を重ね、中には介護度を上げる直前の人もいます。つまり一日中ボーっとして日を過ごす人、食事に介添えの必要な人、「ガーッ、ペッ!」と一日中痰を履いている人、等々。
 そんな様子をみて母は、
「あんなに手のかかる人をデイサービスに出して、家の人は何を考えているのかねぇ。ウチで世話をするってもんじゃないかい?」
とか言います。
「いや、いや、いや、手がかかるから見てもらってるんでしょ。そこまで手のかかる人を一年中ウチだけで面倒を見ていたら、家族は息が詰まってしまうし、買い物にも出られない。だから本人のためと同時に、家族のためにもときどき預かってやらないと皆が潰れてしまうんだと思うよ」
と常識的な話をすると、その時はウンウンと頷きますがしばらくするとまた同じ話が持ち出されたりします。

 先日は入浴後に目の前の女性が、あれよあれよという間に立ったまま大便を垂れたとかで、少しショックを受けて帰ってきました。
「呆れたことに、恥ずかしいとも思わず、最後まで帰らずにいたよ」
 ひとのことを悪く言う母の態度に気分を悪くした私は、いつものように、
「明日は我が身だから――」
と言って切り上げます。

【母、パンツを履かずに行動する】

 やがて母には友だちできて、楽しく花札などをして帰ってくることも多くなってきました。ところが一方、外に出るとさまざまな問題も生まれます。

 帰りの車で母が下りたあと、シートがオシッコでびっしょになっているということがありました。ケア・マネージャを通して連絡が入り、そこでデイケアセンターにいる間は何回かトイレを促してもらうようにします。それが母には気に入らない。なぜ私ばかりが声をかけられるのかと怒ります。
 しかたなく連絡があったことを話すと、「屈辱的だ、もう行かない」と言い出す。これは明らかな私の失敗でした。

 ある晩、寝がけにいつものように、
「パンツとズボンは履き替えて、ズボンの方はかごに入れておいてね」
と言うといくらも経たないうちに寝室の灯りが消えるので、
「あれ? もう履き替えたの?」
と重ねて声をかけると、
「履いてなかった-」
それで合点がいきました。おそらく車のシートを濡らした時は、紙パンツを履いていなかったのです。紙パンツは入浴セットとは別の袋に入れてありましたから、そこから出さないと履き替えられない。
 そう言えば紙パンツが減っているのを見たことがない、つまりいつも入浴とともに古いパンツは捨て、そのまま履かずに過ごしてしまっていたらしいのです。母は比較的目の離せる人なので、職員の人たちも見ていなかったのかもしれません。
 紙パンツをひとつ入浴セットに入れることで、この問題は解決しました。

【母、パンツを置いていく】

 やれやれこれで順調に行くな、と思っていた矢先、今度は連絡帳に、
「紙パンツをひとつお貸ししました。次回、持たせてください」
と書いてあります。パンツは常に予備を3枚も入れてあります。さすがに私も腹が立って、予備を4枚に増やしたうえで、「3枚も入れてあるのに、お借りしました1枚も含めて半日に計4枚も使ってしまうとはどういうことなのでしょう?」と皮肉っぽく書いておきました。

 ある日、バッグに入れておいた着替えのズボンとセーターがなくなっていることに気づいてようやく状況が呑み込めます。
 母は予備のパンツも着替えも嫌なのです。
「私は一日に何回も粗相したり服を着替えたりするような人間ではない、あの人たちとは違う」
と、そうは言いませんし、おそらく意識にも上っていないのでしょうが、心のどこかで「私はあの人たちとは違う」と感じているのです。だから私のつくった荷物も直前につくりなおし、自分が必要ないと思うものはみんな置いて行ってしまう。あの紙パンツ4枚事件も、母が意識して行ったに違いありません(そしてその日に限って予備が必要になった)。
 それが母のプライドです。

【また、等身大の自分を受け入れなければならない日が来る】 

 ある日、気がつくと自分よりずっと劣っていると思っていた人たちの仲間にさせられている。できることなのに、あたかもできないごとく丁寧に扱われるとかえって腹が立つ。ほかの人より多くトイレへの声掛けをさせられたり、食事どきに前掛けをさせられたりすると、バカにされたみたいで悔しい。怒って力のあることを見せつけたいのに、実際、うまく行かないこともすくなくない――母の今の状態はそんなところでしょう。

 私は若いころ、高すぎる自意識と低すぎる実態の落差に苦しんで、なかなか等身大の自分を受け入れるということができませんでした。今の母も同じです。そしていつか、そう遠くない日の私も同じでしょう。
 今から心して、時を過ごしていきたいと思います。