「二学期が始まります(始まりました)」~この時期に夏休みのあり方を考える

 今年の夏は
 これまで夏休みの長かった地域は学力向上やカリキュラム管理の観点から減らし
 短かった地域は熱中症対策から増やす傾向があったようだ
 しかしエアコンが入った以上
 夏休みなんかなくてもいいじゃないかという考え方もある
 どうせ教員たちは休めていないのだから 授業をやった方が余裕は生まれる
 もちろん 問題がゼロというわけではないが

というお話。

f:id:kite-cafe:20190826065516j:plain(「小学校」phtoAC より )

【2学期が始まります】

 いよいよ2学期が始まります。というか始まりました。あるいはまだ一週間ありますといったところかもしれません。

 かつては寒冷地の夏休みは短く、暖地は長いというのがあたりまえでしたが、一方で学力向上やカリキュラム管理の観点から夏休みを短くする地域があり、他方で温暖化のため、さらには昨年の愛知県小学生熱中症死亡事故の影響もあって、寒冷地でも夏休みを延ばそうという動きがあり、どうやら8月を一週残した今日あたりが二学期始業式として平均化してきた様子があります。

 私が教員になったばかりの三十数年前は、夏休みと言えば教員は遊び惚けていましたからいくら長くても構わなかったのですが、今はびっしりと研修や講習会が入っています。どうせ大したものではありません。
 だったらしっかりと学校中にエアコンを入れ、夏休みなんかなくして通常の授業をやればいい――そういう考え方があります。
 私もかつてそう考えていました。その方がゆったりと学習できます。
 
 

【夏休みも授業をやればゆとりが生まれる】

 ゆとり教育というのは本来、履修すべき内容を減らすのではなく、時間を与えものでなくてはなりません。「ゆとりを与える」と言われたらだれだって時間を増やしてもらえると思おうでしょ?

 もちろん仕事を減らすという方法もないわけではありませんが、その場合は教科の数を減らすとか、追加教育(環境教育・キャリア教育といった新たに増やされてきた)をバッサリ切るとか、あるいは部活指導は一切行わないといったふうに枠ごと手放さないと、教師は必ず丁寧な仕事をして自らを追い込んでしまいます。

 今みたいに部活動を減らしましょう、教科の教え方はそこまで丁寧にしなくてもかまいません、部分だけやっておけばいいのです、といった考え方は現実的ではありません。もしかしたら行った方だって、教員の大方がまじめで誠実であることを前提に、“指示したところで一生懸命やってくれるに決まっている”と舐めてかかっているだけのことなのかもしれませんが。
 
 

【現実問題として、それしか学校教育を維持する方法がない】

 プログラミング教育や小学校英語をみるまでもなく、今後も追加教育は増え続けますから夏休みを減らすしか方法はありません。
 体育館もグングン冷やして、できればプールも温度調節可能な屋内式にして、夏でも通常の授業が続けられるようにするのが望ましい――。

 もちろんそうなると他に考えておかなければならないことはたくさんあって、例えば日本の教育行政の常で、事故があれば議員の突き上げでエアコン等の設備は入れてくれるもののランニングコストは忘れられがちということがありますから要注意です。
「電気代節約のため、どんなに暑くてもエアコンの使用は11時から14時まで」
などということは、学校ではよくあることです。
 
 

【ただし、むやみに減らすと問題もある】

 さらに夏休みを減らしすぎて日本中の学校が“お盆休みだけ”になってしまうのも困りものです。夏の観光シーズンが極端に短くなり、すべての海水浴場が「芋洗い海岸」になるとともにホテルの予約も取れなくなる――。
 たかが数万人の韓国人観光客が減っただけでも大騒ぎするこの国です。1500万人もいる幼・保・小・中・高の児童生徒とその親の、夏の観光が影響を受けるとなると大変です。

 地域を割り振って、梅雨のない北海道のお盆は7月下旬、そこから順次南に下がって9月に入ってからも暑さが十分な九州・沖縄のお盆はそのあたり、といった工夫も必要かもしれません。もちろんそうなると盆行事に全国から親戚を集める、ということもできなくなったりしますが。

 いずれにしろ学力向上と熱中症対策、エアコンの設置費用と維持管理費、共稼ぎ家庭の増加による夏休み短縮の要請、教師の働き方改革との兼ね合い、それらすべて要素を加味して、夏休みのあり方は今後も話題となっていくはずです。