「忘れられそうな可哀そうな冬至」~冬至のウンチクと阿蘭陀(オランダ)冬至

 

明日は冬至

すっかり忘れられているこの行事、もう一度調べて何かしてみらどう?

阿蘭陀冬至もおもしろいよ。

というお話

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カール・ラーション 「冬至の生贄」)

 

【忘れられそうな可哀そうな行事】
 明日12月22日は二十四節季のひとつ「冬至」です。
 一年で一番日照時間の短い日で、明後日からはだんだん日が長くなっていきます。そう考えるとなんとなく気分が明るくなりますね。
 しかし今年は土曜日に当たり、24日(月曜日)のクリスマス・イブが天皇誕生日の振替休業で三連休になる人も多
く、気分はすっかりクリスマス。冬至なんてどこ吹く風です。

 もっとも冬至が虐げられてきたのは、今に始まったことではありません。同じ二十四節季でも春分秋分のように休日だったりお墓参りがあったりするわけでなく、年によっては21日だったり23日だったりする分かりにくさもあって、今ひとつパッとしないのは昔からです。

 柚子湯や小豆料理もすっかり廃れてしまい、カボチャに至っては別行事に奪われて、今、台所に用意すれば、
「またハロウィーン?」
といったことになりかねません。
 可哀そうですね。


冬至のウンチク】
 冬至を始めとする秋分春分夏至立夏啓蟄といった二十四節季の日付けが定まらないのは、地球が太陽を回る360度を24で割った“地球と太陽の位置関係”によって決まるからです。単純に暦に割り振るのではなく、実際の天体の運航に従って決めるため、冬至も年によって、あるいは地球上の位置によって22日だったり21日だったりするのです。

 ちなみに今後は2020年、2024年・・・と4年ごとに12月21日になりそれ以外は22日。2028年からは2年続けて21日、次の2年が22日というふうに、21日と22日の2年ごとの交互になります。
 その先はさらに変化していき、あと200年くらいたって2200年代に入ると2203年、2207年、2211年と、今度は4年ごとに23日が冬至になるそうです(2224年まで)。

 日が短くなるという意味で太陽が衰えているように見えた日々の最後日で、明日から日が長くなるという喜びの日。ですから世界中で祝う風習があります。
 特に日本や中国の陰陽道では「陰が極まり再び陽高まる(一陽来復)」の日として大切にされてきました。悪いことが続いた後で運気が上向いてくるという意味です。

 さらにそれが自分に回ってくるように、この日はニンジン、ダイコン、レンコン、ウドン、ギンナンキンカンといった「ん(運)」のつく食べ物を食します。これを「運盛り」と言います。
 カボチャも別名は「南瓜(なんきん)」ですから「運盛り」の仲間に入れられますが、冬まで保存できる作物の中で特に栄養価の高いものとして重宝がられました。

 もともと邪気を払う力が強いとされ小豆も使われ、かぼちゃ合わせて煮物にすることもよくします。私も昔食べた記憶があるのですが、これを「いとこ煮」と呼ぶのは初めて知りました。硬いものをおいおい(甥々)入れて、めいめい(姪々)炊き込んでいくことからそう言われるのだそうです。

 柚子のような香りの強い柑橘系も魔除けとして使われやすく、鏡餅の上にみかんを乗せるのもそのためです(この間テレビで「それはやってはいけないこと」として説明されていたみたいですが)。冬至の風物としては風呂に入れて温まります。
 私の家は柚子を手に入れるのが面倒なので、大量のみかんを風呂に浮かべて、温まったところで甘味の増したみかんを、入浴しながら食べるのが毎年の楽しみです。
 それだってたぶん大丈夫でしょう。


【阿蘭陀(オランダ)冬至
 この時期、江戸時代の長崎出島では閉鎖的な空間でストレスを溜めきった商館長たちが、毎年「阿蘭陀冬至」という行事を楽しんでいました。12月25日のことです。

 その日になると商人たちは何艘ものオランダ船に乗り込んでドラを打ち鳴らし、商館へと進みます。そして商館長たちに「阿蘭陀冬至おめでとう!」とか言いながらプレゼントを配るのです。
 商館から返礼のプレゼントや祝儀を受け取ると、今度は幕府の役人や貿易商仲間のところを回ってプレゼントを渡します。
 そして最後は商館の中で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 幕府の役人たちも途中から気づいたと思うのですが、今さら止めるわけにもいきません。
「どうやらクリスマスというキリスト教の行事らしい」
と言い出せば先輩たちの失態を追及することになります。
 しかたなく(半分は喜びながら)、阿蘭陀冬至は幕末まで続いたようです。

 歴史秘話としては、私が最も好きな話のひとつです。

 明日の冬至、久しぶりに何かしてみたらいかがです?