「愚者の石」2~石の切除、六つ数えろ

 

 窃盗症(クレプトマニア)の原裕美子元日本代表マラソンランナーも、タバコやゲームや読書癖で苦労した私も――気持ちをコントロールできないという意味では、あの愚か者たちと同じ「愚者の石」所有者なのかもしれない。

 本人たちに力がなければ周りが支えるしかない。もちろん本人もできることはしなくてはならない。

というお話。

 

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(ヒエロニムス・ボス「愚者の石の切除」《部分》)

 

【“気持ちをコントロールできない”“分かっているのにやめられない”】
 今月3日、前橋地裁太田支部で窃盗のため「懲役1年、保護観察付き、執行猶予4年」を言い渡された原裕美子被告は、栃木県の出身で平成17年の名古屋国際女子マラソンや平成19年の大阪国際女子マラソンで優勝したほか、以前所属していた実業団でも駅伝チームを優勝に導くなど、輝かしい経歴を持った元日本代表のマラソンランナーです。

 昨年7月に一度万引き事件を起こして逮捕され、11月に「懲役1年、執行猶予3年」の判決を受けたわずか3か月後の今年2月、再び万引き事件を起こして現行犯で捕ったのです。二度目はキャンディーなど382円分、所持金は2万円もあったといいます。

 判決後記者会見を開き、長く摂食障害(過食と嘔吐)と窃盗症に苦しんでいたことを語りました。
 マラソンの練習や生活の中で辛いこと、苦しいことがあると、
 食べ吐きせずにいられない。食べ吐きするとその間は辛さを少し忘れられる。やりたくないのに万引きしてしまった。やめたいのにやめられない。あの時生きていることもすごく辛くて、だけど自分が死んだら、周りで苦しむ人がいる。死ねない。だけど家に帰ると地獄のよう。
 
 一方で、早く捕まってそんな日々から解放されたいという気持ちもあり、
 コンビニの扉を入った時に化粧水が見えて、「そういえば化粧水が必要だったんだ」と思った瞬間、これを盗ったら捕まる、捕まったらこの苦しみから解放される、早く楽になりたい、早くこんな苦しい生活から逃れたい。それしか考えられなくて、その先にどんなに苦しむ人がいるのか、どれだけ多くの人に迷惑をかけるのか、そういうことが全く考えられない。
 そんな状態で再び逮捕されたのです。

 最後は捕まる覚悟の万引きでしたがそれ以前について、あるニュースショーで司会者に「金があるのに、なぜ盗んだのか」と問われた被告は、こんなふうに答えています。

「わからない。自分が自分でないような」
「気持ちをコントロールできない。繰り返す。動機がはっきりしない」


 ネット上では「だから万引きしてもいいということにはならないだろう」と繰り返し非難されるのですが――そしてもちろんだからやっていいということにはならないのですが――この、“気持ちをコントロールできない”“分かっているのにやめられない”という状況に対して、私たちはもっと心を寄せていいように思うのです。


【私の頭の中の「愚者の石」】
 私は大病したにも関わらずタバコをやめるのに大変苦労しました。これから手術を受けるという病院の喫煙室でも、パジャマ姿で吸っていたのです。手術が終わって否応なくタバコから離れるのですが、それでもまだ恋しい。

 禁煙の苦しみはイライラとの戦いだと言われますが、私の場合は違いました。それはいわば底なしの哀しみで、体の中心に大きな空洞が開いたような大いなる空虚感です。
 当時知り合いに話した言い方をそのまま記すと、
「何年もこだわったとんでもなくイイ女がいて、しかしそれがどうしようもない悪女なんだ。
 あんな女と関わるとロクなことはない、身の破滅だと分かっているのに恋しくてしょうがない、1ミリでもいいから彼女のそばにいたい、離れているのが哀しくて、切なくて苦しくて、ほんとうにやりきれない」

 そういった想いです。今でも遠くから流れてくるタバコの香りに鼻先が引かれます。

 さらに若いころはゲーム依存寸前で(インベータ―ゲームのようなアーケードゲームやパチンコ、果てはジグソーパズルなど)、高校生まで遡ると今度は読書癖で、試験前夜も徹夜で小説を読み耽るような徹底した耽溺体質です。ですから“気持ちをコントロールできない”“分かっているのにやめられない”はとてもよく分かるのです。

 私の意志の弱さと言えばそれまでですが、友人の“喫煙所に行くのが面倒でタバコをやめた”といった話や、しょっちゅう禁煙してそのつど成功してる(だったら再開しなければいいのに)別の友人を姿を思い浮かべると、単なる意志の問題ではなさそうな気持ちもしてくるのです。

 言ってみれば私の頭の中に「愚者の石」が入っていて、それが取り除かれない限り、“気持ちをコントロールできない”“分かっているのにやめられない”状況は繰り返し現れるのではないかと思うのです。


【石の切除、六つ数えろ】
 そう考えていくと昨日お話しした4組の愚か者、渋谷ハロウィーンで軽トラをひっくり返した容疑者たちととろサーモンの久保田、スーパーマラドーナの武智、貴ノ岩、あるいは東名あおり運転事故の石橋和歩被告は、彼らもまた頭の中に「愚者の石」を抱えた哀しい人間だという気がしてきます。

 ハロウィーンの容疑者たちは目立ちたいという欲望の前に無力です。芸人の久保田・武智は怒りの感情が抑えられない。貴ノ岩は――考えてみれば幕内力士なんて瞬間的に怒りを燃焼させ、誰よりも強いパワーが出せるようでないと務まらないのかもしれません。相撲部屋がそういう人間の集まる場だという前提のない暴力追放キャンペーンは、きっと成功しないでしょう。

 石橋和歩被告に至っては、マスコミの取材に「俺と面会したいなら30万からやないと受つけとらんけん」と応え、遺族に対する謝罪文に「この事故がなければ、彼女と結婚する予定でした。自分が支えていきたいので、この事故のことをお許しください」と書く愚かさ。
――もうどうしようもない。

 原裕美子被告はちゃんとした医療の元にいますから「愚者の石」を取り除くことに成功するかもしれませんが、私が挙げた4組の人たちは必ずしも「これに懲りて二度と」ということにはならない気もします。石橋被告など、よほど刑務所で枯れて出てくれば別ですが、何度学習しても同じことを繰り返します。
 だとしたらどうすればよいのか――。

 本人が“気持ちをコントロールできない”のであれば、周囲の人がやるしかありません。「愚者の石」に踊らされる彼らに飛びついて、ねじ伏せ、怒り、脅し、懇願してとにかくその場を収める、鎮める。

「怒りのピークは6秒しか続かない」と言います。
 まずは6秒押さえ(長いですよ)、念のためさらに6秒待って、離す。

 被害者を加害者から守り、加害者を犯罪から守るにはそれしかないのです。何度でも何度でも、相手が根負けするまで続けていく。

 今考えられるのはその程度のことです。
 大したことではないですが――。