「親はキミに期待していない」〜いつの時代も親が勧める平均的人生 3

f:id:kite-cafe:20181216084911j:plain (トマス・コール「人生の旅路、壮年期」)

【安定志向】

「親が勧める平均的人生」のもう一つの側面は、「安定」です。

 親が子どもに「大企業に入れ」とか「公務員になったらどうか」とか「手に職(技術)をつけなさい」と言ったりするのは、すべてこの「安定」を目指すからです。
 例えば公務員は、確かに潰れないという意味では安定しています。
 私はバブル経済の時代に教員になったので華やかな生活をしている友人たちを見ながら、「公務員のどこがいいんだ?」と思っていましたが、後にシャープの凋落、東芝の失敗などを見たりすると、細く長く、低空飛行でも絶対落ちない公務員も悪くないなあと思うようになってきました。

 もっとも“子どもを育てたいから教員に”とか、“正義を実現したいから警察官に”、あるいは“自分の住む街を活性化させたいから市役所職員に”とかいった目標がないと、常に「税金で食ってるんだろ!」とか、「お前ら、公(おおやけ)の僕(しもべ)だろ!」とか、怒られてばかりの仕事ですから、そんなにオイシイものでもありません。感謝される一方であまり叱られることのない公務員と言ったら消防だけです(ただし救急搬送のあと、自販機で飲み物を買ったりしないように!)。

  しかしなぜ親や教師はこれほど安定した生活が好きなのでしょう? 人生、もっと冒険や探検があってもいいはずじゃないですか。自分の好きなことに打ち込んだり、しばらく回り道したっていいじゃないですか。

【親はキミに期待していない。心配している】

 大人が子どもに「安定」を願うのは、ひとつは昨日お話しした「(楽に生きるための)平均的人生」が頭にあるためですが、もう一つの理由は、正直言って、自分の子どもに大した期待をしていないからなのです。ウチの子は普通だと思っている、平凡だと思っている、仮に優秀だったとしても「ちょっと優秀」程度のものだと思っているから、「大企業に入れ」とか「公務員になったらどうか」とか「手に職(技術)をつけなさい」とか言った話になるのです。

 ウチの息子が羽生結弦だと思ったら公務員になりなさいなどとは絶対に言いません。この子は未来の小平奈緒だと信じたら、「手に職を」などと悠長なことは言っていられません。
 藤井聡太六段は高校に進学するかどうか迷ったそうですが、それはまったく理にかなったことで、聡太六段が高校で化学や物理学を学ぶ意味を説明するのはかなり厄介なことになります。(実際には谷川九段の勧めもあって高校進学を決めましたが)。

 けれどウチの子は羽生結弦でも小平奈緒でも藤井聡太でもない、羽生直剛でも松下奈緒でも福士蒼汰でもない――そうなると標準的な生活、平均的な人生、という話になるのです。

【生きるヒントの在り処(ありか)】

 言うまでもなく「安定」は必ずしも幸せをもたらすものではありませんし、平均的で楽な人生を歩むことも幸福の保証とはなりません。
 だから親が何を言おうとも、あなたが標準的な生活や平均的な人生を「僕はいやだ!」と拒否するなら、それはそれで別の道を歩めばいいのです。あなたの人生はあなたのものですから、あなた自身が決めるしかありません。

 ただ、特別な人生、一般的でない生活について、そのやり方や道筋を大人に問うのは気の毒です。そうした人生はあまりにも複雑多様で、親や教師の知る世界はそのごく一部でしかないからです。普通の大人たちが教えられるのは、あくまでも平均的な人生、標準的な生活だけです。

 しかし近くの大人からアドバイスが受けられないからといって、途方にくれることはありません。心配しなくても大丈夫。
 そのヒントは世の中にある膨大な図書と、多くの人々の口から語られる言葉の中にあるからです。まずここから探っていくのが、私だけの人生を開拓する者の、歩むべき正しい道です。

(この稿、終わり)