「子どもたちが覚えていること」

 先日からお話ししている同窓会の席上、ひとりの背の高い元教え子から声をかけられました。女の子です(ただし今は40歳)。

「先生から話してもらったことで、覚えていることがあります。先生、『姿勢を良くしなさい』と言ってくれました」

 もっとためになる話もたくさんしてきたはずだが、と思ったのですが、

「今の旦那さんは私より背が低い人ですが、同じことを言ってくれます。背中をぐっと押さえて『姿勢を良くしよう』って」

 ああ、そういうことなのかと思いました。

「姿勢を良くしなさい」。

 そう言ったかどうかは覚えていないのですが、心当たりはあります。前任の学校でとても背の高い美人の先生がいたのですが、この方の姿勢がひどく悪かったのです。いつも中腰で歩き、直立しなければならない時も両膝を軽く曲げて立つ。だから胴長にも見えますし安定もしません。

 自分を受け入れていないわけですから、そうした意味でも印象が悪い。そのことをよく覚えていたのです。

 ですから背の高い女生徒をクラスに迎え、その子の姿勢が悪いことに気づいてからはおそらく、そのつど声をかけていたに違いないのです。

 昔のことはともかく、自分より背の低い旦那さんから「姿勢を良くしましょう」と言ってもらえるのはうれしいのでしょうね。一番気にしている部分を積極的に受け入れてくれるのですから。そしてそのついでに私のことも思い出した、そんなところでしょう。

 このクラスではないのですが、ずっと後になって担任した小学校の教え子に、とても物静かな、目立たない女の子がいました。

 その子が中学、高校と進んで大学に進学したとき、不意にお母さんから電話がきました。

「〇〇大学(かなりの有名校)に進学しました。みんなあのとき先生に誉めていただいたおかげです」

 年賀状のやり取りはずっと続いていたのですが、そもそも電話でお話しするのは卒業以来ですし、そんな話は初耳だったので訊くと、市が主催したイベントの際、私が「声がとてもきれいだね」と誉め、そのことを頼りに中学校では放送委員を続け、高校では放送部に入って全国大会にまで出場し、その縁で大学にも進んだとのことでした。声をほめたことについては、まったく記憶にありません。

 でも、結果は“すべてよし”です。

 初任のころから一日の始まりの朝の会では、心に残るいい話をしようと心がけてきました。小学生にしても中学生にしても、心穏やかに話を聞けるのはそのときだけだからです。ですから私としては“けっこういい話”をたくさんしてきたつもりだったのです。しかし子どもの中に残る一言はそこにはなく、日常の何気ないひと時、こちらの意識に残らない一瞬の中にあるのかもしれません。

 心して子どもの前に立たなければならないということです。