「ブライダル・オーラ」

 結婚式に何回か招かれるうちに、時に「今日の花嫁、美人の友だちを全部はずしたのかな」と思うことがあります。そのくらい「新婦友人」に美人がいないのです。

 しかし“運悪く仲間に超美人がいた”という人間関係がないはずはなく、“美人は、親友でも披露宴に招かれない”といった話も聞きませんから何かの偶然なのだろうと、そんなふうに思っていました。ところが、私の観察もそれ自体は間違っていなかったようなのです。

 結婚式で、花嫁以上に美しい人はめったにいないのです。

 昨年結婚式を挙げた私の娘のウェディング・ドレスは、母親の友人から1万円で譲り受けたものです。正確に言うと妻の友人というよりは洋裁のお師匠さんです。その方がご自身のお嬢さんのために手作りしたものを、無償で譲り受けたのです(1万円はお礼です)。

 式に際して何でもかんでも節約してしまう妻と娘に、私は内心イライラしていましたが、ドレスだけはすんなりと受け入れました。本人がとても気に入っていましたし、由来がよかったからです。最初にそのドレスに包まれた人(師匠のお嬢さん)は、とても幸せな生活を送っておられるからです。

 さて、しかし師匠のお嬢さんは高身長でウチの娘はチビだったりしますので、かなりの手直しが必要でした。そこで本人と母親と師匠の三人で、しばしば手を入れたのですがその折、娘が席を外したすきに妻がこんなことを訊ねたのです。

「(師匠の)お嬢さんは背も高くて美人だけど、ウチの娘みたい子にこんな派手なドレスを着せて、大丈夫かしら?」

 それに対する師匠の答えは明快でした。

「大丈夫。花嫁にはブライダル・オーラがあるから」

 その予言は的中しました。

 のちにVTR でゆっくりと見る娘は会場で一番の美人です(親の欲目を差し引いてもです。なんなら欲目に2を掛けてから差し引いてもかまいません・・・たぶん)。

 

 それはそうでしょう。その日に向けて一世一代のダイエットをして、効くか効かないか分からないようなエステに何回も通い、当日は一流の美容師にメイクアップしてもらって着付けも一流。しかも本人の意気が違う。

――それで美しくならなかったら親の責任はハンパではありません。

今日の花嫁、美人の友だちを全部はずしたのかな」とたびたび感じた私の感覚も、さほど間違っていなかったのです。

 今日のポイントは「オーラは出せる」です。花嫁のほぼ100%がブライダル・オーラを演出できるなら、その他のオーラも醸し出せるかもしれません。例えば私にはひとかけらもなかった「教師として権威のオーラ」。それが自由に演出できたなら、楽な面も多々あったはずなのにと今は思います。

*以上ここまで読んでくださって「それでもやっぱり親バカだよな」と思われた方に反論します。

 私は「親バカ」ではなく「バカ親」です。