「裏口から、そっと送り出すような別れ」~眞子内親王の結婚で考えた子育て  

 眞子内親王が結婚され、小室眞子さんとなった。
 私は年齢的に、むしろ秋篠宮夫妻に感情移入する。
 子どもは思い通りの育たぬものだ。
 しかし育てたようには、育つ。
という話。

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(写真:フォトAC)
 
 

内親王の結婚】

 秋篠宮家の長女、眞子内親王が結婚され、赤坂御用地秋篠宮邸を出ました。晴れて小室眞子さんとなったわけです。
 私はこの件について最初から、どんな形であれ、最後はふたりを一緒にするしかないと思っていましたから、結末がこうなったことには何の感慨も興味もありません。

 先日も書いた通り、小室君がもっと根性なしで、会見まで開いた結婚を投げ出していたら誰かが幸せになったのかといえば、そうでないことは明らかです。皇室に生まれた女性です。簡単に「別れたら次の人」というわけにはいかないのです。

 小室君の母親の金銭問題が発覚して、その処理を誤った時点で、すでに“国民のすべてから祝福される結婚”の可能性は消えてしまったのです。あとはできるだけ悲しみや憎しみのない、穏便な道を探るしかありませんでした。その範囲で言うならば、ふたりはかなりうまくやったと言えるでしょう。

 それにしても小室君、なぜああも頑固に“筋”にこだわったのでしょう? 筋や論理で割り切ることは、ときに相手をないがしろにすることです。私も理屈っぽい性質でしばしば嫌われますが、彼の場合は自分一人では済まない問題でした。
 日本には「ずぶずぶ」だとか「根回し」だとか、「寝技」「裏技」「腹芸」「手打ち」等々、理屈ではない問題解決の方法がいくらでもあるのです。早い段階で誰かが教えてやれば、こんなことにはならなかったのかもしれません。
 
 

【裏口から、そっと送り出すような寂しい別れ】

 すでに眞子さんとなった元内親王の結婚に興味はないと言いながら、昨日の件を記事にするのは、赤坂御用地を後にする眞子さんを見送る秋篠宮ご夫妻の姿に、心動かされるものがあったからです。実に静かに見送られたのですが、その心中いかがばかりだったのかと同情する気持ちがあるのです。

 私も7年前に娘のシーナを嫁がせましたが、送る気持ちはまったく違ったものだったに違いありません。とりあえず私の場合は、大学進学のために5年も前に家を出た娘をアパートから送り出す形でしたから、一緒に住んでいた娘を出すのとは気分が違います。結婚式の最中、同じく女の子を持つ私の弟は「兄貴、よく泣かなかったなあ」などと感心してくれましたが、涙など5年前に流し尽くしたという感じです。

 式や披露宴のための資金は大部分を私たちが出しました。それを余計な散財をさせられたと考えるか、最後の務めを果たせたと考えるかはこちら次第です。私は後者ですが、どちらにしても他人に訊かれたら「式は◯◯でいたしました」「ええ、ウェディングドレスと赤の打掛で・・・」と簡単に答え、嘘をついたり余計な気を回したりせずに済むのはありがたいことです。

 しかし秋篠宮ご夫妻は式も披露宴もできず、皇室の裏口からそっと送り出すように見送ったのです。さぞかし寂しかったことでしょう。
 
 

【子育ては失敗したのか】

 今回の件に関して、秋篠宮夫妻の子育ての失敗という捉え方をしている人がいます。
 「失敗」という言葉は「方法がまずかったり情勢が悪かったりして目的が達せられないこと、または違った結果になってしまうこと」を言います。したがって目的の設定次第で失敗か否かは決まってくるのですが、秋篠宮の場合、ご自身が最初から“皇室の枠にしっかり収まって何一つ自己主張しないような生き方”はしてこなかったように思われます。

 幼少のころはかなりのヤンチャで侍従長から叱られてばかりだったと言いますし、紀子妃との結婚の際も、昭和天皇の喪明け前だったことが非難されもしました。口ひげに金のブレスレッド、ネックレスという姿も、一方で歓迎する人もいれば他方で眉を顰める人もいました。
 私が一番気になったのは、伝承で天照大神の直系の子孫ということになっていて、今も宮中祭祀を司る天皇家の娘を、国際基督教大学に入れたことです。
 それだけ「普通の家の、普通の子」を育てたかったのかもしれません。そして世の中の「普通の子」がそうであるように、親の思い通りにならない、自分自身の道を歩く子が育ったということなのかもしれません。
 お二人の幸せを祈ります。