「秋分の日」

 明日、23日は秋分の日でお休みです。春分の日秋分の日も休日なのに、夏至冬至がお休みでないのはなぜか、これは当然疑問になってよさそうなのにこれまで一人の児童生徒にも尋ねられたことはありません。とにかく休めればいいのだからということなのでしょう。私自身も子どものころは気にしませんでした。

で、改めて秋分の日は何かというと、祝日法にはこう書いてあります。
第二条  「国民の祝日」を次のように定める。
秋分の日 祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。
 つまり、何かよく分からないけれどお墓参りをするために休日になったらしいのです。ちなみに、春分の日はどうかというと、
春分の日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。
とありますから、趣旨は違っているみたいです。

 ただしこれは祝日法のうえで異なっているだけで、元をただせば「春のお彼岸」「秋のお彼岸」と同じものです。そこで彼岸が問題になります。

 仏教では煩悩を脱した悟りの境地を彼岸といい煩悩に溢れた現世=此岸(しがん)と対置させます。仏教徒して亡くなった人は「仏様(ほとけさま)」と呼ばれ、形式上はお釈迦様と同じように悟りを開いた人(仏陀・仏)ですから、これも彼岸の住人です。つまり私たちの祖先は(悪人でない限り)彼岸にいることになります。

 では場所としての彼岸はどこにあるのかというと、これははっきりとしていて遥か西の方角にあるのです。西方浄土と言いますから。

 太陽が真東から昇り真西に沈む春分日と秋分日に、彼岸を、そして彼岸に去った人を、想うようになったのはそのためです。まことに理にかなった話です。
 秋分日は計算によって求められますので、9月22日の年と23日の年があります。

 ところで、「秋分の日は昼の時間と夜の時間が等しくなる日」というのは間違いだ、という人がいます。これは事実であって、太陽と地球の関係からすると昼夜同じ時間になるはずですが、実際にはそうなりません。

 ひとつは大気の屈折のためです。太陽は実際に地平線の延長上に現れる前に、大気の屈折によって私たちの目に見えます。また実際に地平線の下に入ってもしばらく、屈折のために見え続けます。

 第二は「日の出」「日の入り」の定義によって昼の時間は伸びます。太陽が一瞬でも顔を出せば日の出、地平線から完全に消えた瞬間が日の入りですから太陽一個分、昼間は長く計算されます。その他いくつかの事情によって、秋分春分の日の“昼間”は“夜”に比べて11分ほど長くなっているのだそうです。