カイト・カフェ

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「初日・ひと月・一年」~教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へ①

 今月が終われば年度の前半も終わる。
 しかしわずか半年で、すでに教員の世界から足を洗い、
 別社会へ旅立とうとする若い先生方がおられる。
 しばし待てとは言わない、しかしもうひとたび考え直してもらえまいか――。

という話。  

f:id:kite-cafe:20210926190310j:plain(写真:フォトAC)

 

 

【2021年度前半が終わる】

 間もなく9月が終わります。9月というのは学校にとっては特別の月で、この月が終わると学年の半分が終わる――30日・1日はその折り返し点だということになります。折り返しなのに新一年がいつまでも新入生のつもりでいるようでは困りますし、最高学年はそろそろ学校を去る準備をしなくてはなりません。受験生が気持ちの上でまだ受験生になっていないとしたら、やはり問題でしょう。

 

 ですから9月の末、または10月の頭のブログでは、「子どもたちに自覚させましょう」「学年の後半に向けて準備をさせましょう」といった趣旨の文を書くのが常でした。しかし今年は少し趣向を変えたいと思います。というのは特にツイッターの方で、今年教員になったばかりなのに早くも転職を考えている先生方の記事を、たくさん読んできてしまったからです。

 

 もちろん現在休職中だったり病院や診療所に通って治療中だったりする先生方にまで、無碍に続けろとは言いません。しかし私が生涯をささげた職業があまりにも悪く言われるのも傷つきますし、教職にはこんないいこともあるよとか、この先はこんなふうになっていくに違いないとか、今ある状況はこんなふうに整理されるだろうといったことを記して、辞めるか否かの参考にしていただきたいと思い、ひとこと添えることにしました。
 そんな話は聞きたくないということでしたら、ここでやめてくださってけっこうです。

 

 

【2学期以降は適度に祝日がある】

 さて、2学期が始まって一カ月ほどたちましたが今日までの日々はどうだったのでしょう?
 小学校では運動会、中学校では文化祭、あるいは部活動の新人戦と、まだまだ忙しい日々は続いていると思います。研究の秋とかいって公開授業の多くなるのもこれからの時期です。まだまだ気が抜けません。しかしちょっと考えてみてください。今月はもう2回も祝日(敬老の日秋分の日)があったのです。
 来月(10月)は、今年に限って移動してしまいましたが「スポーツの日」(第2月曜日)があり、11月には「文化の日」(3日)と勤労感謝の日(23日)、12月は最後の方に冬休みが待っています。これは、いわゆるゴールデンウィークに祝日が集中して、あとはまったくない1学期とはかなり違った点です(海の日・山の日はすでに夏休み中)。
 変則的な休日があるというのは様々な調整を図る上でかなり有効なことです。日頃できないことを片付けたり次の準備をしたりできるからです。そんな有利な破調は3学期も続きます(成人の日・建国記念日天皇誕生日春分の日・春休み)。

 

 

【ほとんどの重要行事が10月までに終わる】

 先ほど、“運動会に文化祭、新人戦に公開授業と、忙しい日々はこれからも続く”と言いましたが、それも11月を過ぎるとパタッと少なくなります。私はこれを“あまりありがたくないこと”として意識しました。
 というのは学校に来ずらい子を、やれ合唱祭だクラスマッチだ、修学旅行だ遠足だ、水泳が始まるぞ、運動会だ・文化祭だ等々と、何かと楽しい行事をエサに引き付けて来たのに、10月以降はほとんどなくなってしまうからです。日常的な学校生活が淡々と続くわけですから、子どもを引き寄せるということがなかなかできない、それが学校の一年の後半で私が不満だった点です。

 

 しかし同じことを教師の働き方という観点から見ると、教育活動の大半がルーティーン・ワークに落とし込まれていくということになります。
 特に教員一年目は行事があるたびに「それは何なのか」「自分の係は何なのか」「どういう仕事があるのか」「どういう点に注意すればいいのか」「子どもをどう動かすのか」と、一から勉強して、一から心配しなくてはならないので大変なのですが、後半は行事も少なくなって「授業だけをしていればいい」に近い状況になるとかなり楽なのです。中でも1月から2月にかけては、びっくりするほど気持ちが楽です。

 

 

【初日・ひと月・一年】

「三日・三月・三年(みっか・みつき・さんねん)」という言葉をご存知ですか?
 昔は芸事や修行で「三日我慢できれば三か月は耐えられる。三月耐えられれば三年頑張れる、三年頑張れば一生耐えられる(だから頑張れ)」という意味で使われたようですが、現在は新しい職に就いたあと、転職を考えるまでの日数・年数をいうみたいです。
 三日で仕事の大変さに気づいて辞めようかと迷い、三か月目、慣れてきたところで思っていたのとは違うことに気づいて悩み、「石の上にも三年」と頑張って来たけれどやはり将来が見えてこないからと辞める気になる、そんな感じかもしれません。しかし教員の場合はせいぜいが「初日・ひと月・一年」というところでしょう。

 

 大手・中堅の企業と違って教員には新人の就業前研修というものがありません。4月1日から戦力で、数日後には教壇に立たなくてはなりません。そのために子どもが来るまでの数日間は、一年間の教育計画を確認し合う職員会議や学年会、教室や授業・行事の準備などでギュウギュウ詰め。真面目にやっていたらベテランですらパニックになりそうなのを、新人は手の抜き方も分からないので1日でパンクしてしまいます。

 

 しかも子どもが登校してくればパンクしている暇すらなくなり、学級開きや班づくり、委員会・係決め、部活を決めたり遠足の計画を立てたり、家庭訪問に出かけたりと・・・死ぬほどの思いを続けてふと気がつくとゴールデンウィークで、「オレ、絶対にこの仕事を続けてなんかいけないな」と思うのですが、教員になるような若者はみんな真面目で誠実ですから、いま辞めたら同僚にも校長先生にも、そして何より児童生徒に迷惑がかかる、なんとか一年間だけは続けていこう、そう考えて無理をする。一部は直後に息が絶え、別の一部は12月か1月ごろ、上司に退職の意思を伝える――それが「初日、ひと月、1年」の意味です。

 

 ただし想像してみてください。教員の場合、1年を終えるというのはその仕事の全体を経験してしまうということです。大枠で見ると教職は1年を単位としたルーティーン・ワークで、景気に左右されて事業規模や形態を変えるとか、新商品を売り出すとか、市場を開拓するとか、大きなプロジェクトを立ち上げるということはなく、ただ同じことを毎年毎年繰り返して腕を磨く――その意味では職人の生活と同じなのです。仕事を一巡りしたことに価値があり、あとは地道に頑張ればいいだけの世界です。その最初の1年が、あと半年で終わるのです。 


(この稿、続く)