カイト・カフェ

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「いじめられたYさん」~話を聞いたらまるで”いじめ”ではなかった”いじめ”の話

 まだ携帯電話を持つ前なので15年ほど前のことです。当時私は小学校6年生の担任をしていました。

 ある夜、風呂から上がってさあ一杯飲もうかといったときに、Yさん保護者から電話がかかってきました。
 娘が酷いイジメにあい、もう学校には行きたくないと言っている、親としても出せないので、明日は休ませるといった内容でした。
 Yさんはご両親がお年を召してからできた一人娘で溺愛されていましたから、ただでは済まない雰囲気がありました。私は電話でものごとを決めるのは嫌いですからすぐに家庭訪問をすると告げ、髪を乾かすと背広に着がえて早速出かけました。

 イジメや非行の事実関係を調査するときは、保護者の前でするのが一番いいのです。翌日学校でやってもよさそうなものですが、記憶の新鮮なうちでないと(特に小学生の場合は)事実が曖昧になってしまいます。
 また、せっかく学校で調べてもそれを保護者に伝える段階で少し確認しなければならないこと出てきたり、子どもが家で別の話をしたりしている場合もあります。
 それに学校で調べたことなど、子のイジメを心配する親は、素直に信じてはくれません。ですからこういうことは両親のきっちり揃っているところで一緒にやった方が、後腐れがなくて楽なのです。

 さて、Yさんが受けたイジメの内容は、以下のようなものでした。
 給食の準備をしているときA君が給食着の入った袋を振り回していきなり叩いてきた。何度も何度も叩いてきた。
 すると今度はB君が両手で背中をドンと突いて「あっちに行け!」と怒鳴り上げた。
 C君にかばってもらおうとC君の後ろに逃げ込むと、C君はかばうどころかその場からどこかへ行ってしまった。
 それとは関係ないけれどD君にはいつも無視されている。

 私がまず注目したのはA〜Dの四人が、私のクラスでは一番人気のあるイケメンばかりだということです。テレビドラマの「花より男子」で言えばF4みたいなものです。

 もうひとつ、四人の男子のことを頭に浮かべながら「A君が給食着の入った袋を振り回していきなり叩いてきた」「B君が両手で背中をドンと突いて『あっちに行け!』と怒鳴り上げた」という状況を思い浮かべても、まったく映像にならないのです。イメージが湧いてきません。
 こうした「話からまったくイメージが湧いてこない」という場合には、必ずどこかに錯誤があります。

 そこで給食の時間の最初の部分から、何があって何が語られ、どんな状況になってどこに落ち着いたのか、一つひとつ丁寧に解きほぐしていくことにします。
「〜で、それからどうなったの」と聞きながら辻褄を合わせていくのです。
 不審な部分はさらに詳しく聞きます。必要ならそのお宅から別の子の家に電話をしたりもします(今なら携帯電話があるのでさらに楽です)。

 その結果分かったのは・・・。
 給食の時間になってまもなく、クラスで一番活発な女の子XさんとA君が給食着の袋でたたき合うという遊びを始めた。それが面白そうで仲間に入れてほしくなったYさんは、了解も得ずにA君の頭を後ろからいきなり袋でぶん殴る。突然後ろからやられたA君が本気で怒って殴り返してきたので、Yさんも必死に応戦したがどう考えても向こうの手数の方が多かったと思う。
 A君に応戦しながら後ろに下がって行ったら、B君の机に当たった。給食準備で敷いてあったランチョンマットの上に、歯みがき用に置いてあったコップの水がこぼれた。B君は怒って「あっちへ行け」とYさんを押し出す。
 そこへC君が通りかかるのだが、助けてほしかったのにC君は何もしないで行ってしまった(D君のことは今回の事件には関係ないし、無視しているかどうかは不明)。

 父親がびっくりして「お前、男の子と殴り合いするほど強いのか」と聞くとYさんは「Xちゃんほどじゃない。クラスで2番目くらいかなぁ」とのん気なもの。これで一件落着です。

 翌日に回してしまえば都合何時間かかったか知れないことが1時間足らずで終わります。

 ただしこの話、単なる笑い話では済まされないところがありました。それは、このときはたまたま事がうまくは運んだだけで、同じような事件は繰り返し起き、Yさんは中学に入ってから本当に学校へ行かなくなってしまったのです。

 客観的にはイジメの事実はありませんでした。しかしYさんは主観的にはずっとイジメられていて、いつも傷ついていたのです。その部分に十分な手当てをしないまま、私はYさんを中学に進級させてしまいました。それは間違いありません。