カイト・カフェ

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「原発供養の話」~擬人化された福島第一原発に、恩を返そうとする人、祈る人

 10日以上前の番組だと思うのですが、福島出身のミュージシャンが仲間と対談するというのがありました。

 彼は比較的若いうちに福島を出てしまったので原発との直接的な関わりは少ないのですが、かつての同級生が原発と関わったりその周辺で暮らしているので、こんなふうに聞いたことがあるそうです。

「で、どうなの?反対運動とかはあるの?」
 それに対して友だちは、
「そんなことあるはずがねえ。みんな世話になってるんだから」
 その話を紹介した後でミュージシャンが、こういうのです。
「しかしこんな大きな事故になるなんて誰も思っていなかった、こうなると原発はもういい。確かに世話にはなった。けれどもういらない」

 たぶん普通の状態でその話を聞けば見過ごしてしまったことかもしれませんが、その数日前にこれと似た別の話を聞いていたので激しく反応しました。

「確かに世話になったがもういらない」
 これが原発でなくて先輩とか先生の話だったら、ミュージシャンも己の言っていることのおぞましさに気づいたはずだと思うのですが。

 さて、その数日前に聞いたというのはこういう話です。

 福島第一原発では今日も常時数百人の人々が働いています。それは東電の社員だったり東芝や日立の社員だったりするのですが、多くはそれらの関連会社、下請けや孫請けの企業の人々です。その孫請けのひとつの社長が、もう原発の仕事に見切りをつけて遠く離れたところで別の取引先を探そうと活動を始めたのです。

 社屋はすでに津波で流されてしまっていますし、原発の仕事は危険で先が見えている。したがって従業員の命と生活を守るという社長の立場では賢明な選択と言えます。
 ところが一人の社員が、これに抵抗するのです。

原発にさんざん世話になって、原発のおかげでいい思いをして、その原発が困っているというのに恩返しをせずに出て行くことはできない」
そう言ってどんなに説得してもついて行こうとしない。

 私はこの、「原発が困っている」という擬人化にびっくりしました。そして原発事故と同時に作業員が次々と福島第一に戻って行った秘密を見たような気がしました。
 ちなみにこの人はもうすぐ線量の上限になってしまい、このままだと二度と原発の仕事はできなくなります。それでもいいと言うのです。

 この人たちは原発が好きなのです。共に歩み、互いに育て、育ててもらったものとして、一体となって愛しているのです。面倒をみてもらい世話になった以上、最後まで仕えていきたいのです。

 評論家の内田樹ブログの中で、
名越康文先生と橋口いくよさんとの鼎談のとき、いちばん感動したトピックは橋口さんが震災からあとずっと『原発に向かって祈っている』という話だった。
 40年間、耐用年数を10年過ぎてまで酷使され、ろくな手当てもされず、安全管理も手抜きされ、あげくに地震津波で機能不全に陥った原発に対して、日本中がまるで『原子怪獣』に向けるような嫌悪と恐怖のまなざしを向けている。
 それでは原発が気の毒だ、と橋口さんは言った。
 誰かが『40年間働いてくれて、ありがとう』と言わなければ、原発だって浮かばれない、と」

 実際、そうした思いで祈ったり働いたりしている人はたくさんいるのだと、先の福島原発の従業員は教えてくれます。しかも彼以外に相当な数の人々が同じ思いで福島にいます。
 今回の事故にも関わらず、反原発原発撤廃の機運が十分に盛り上がらない背景には、そうした日本人の“想い”があるのかもしれません。