成人式 2

  成人式に出席して思うところがありました。
 昨日の続きです。

[2]未来は暗いのか

 新成人の話の中に、未来に明るい希望を描けない若者が多くいる、という話が出てきました。たしかにそうだようなあ、と思う気持ちはあります。 

 大学4年生の就職内定率が7割に届かずJALのような巨大企業も傾く、GDPは世界第2位から3位へ転落し、テレビやICの生産は韓国の企業に圧倒されている、レアアースにしても尖閣列島にしても中国にまともに対抗できず、アメリカとの関係も冷え切ってしまった、世界中がリーマン・ショックから立ち直ろうとしている時に日本だけが取り残されている、こんなに先の見えない暗い時代はありません。と考えてから、いや本当にそうだったろうかと思いなおしました。

 結果的には光輝く黄金時代の始まりだった昭和20年〜23年ごろ、当時の日本人は素晴らしい高度成長期に向けて目を輝かせて暮らしていたのでしょうか。今から考えるとチャンスに満ちたゼロからのスタートですが、実際にはほとんどの日本人は打ちひしがれ、傷つき、絶望の中で最初の一歩を踏み出そうとしていたのではないかでしょうか。

  あの可能性に満ち満ちた明治維新も、実際に明治元年の視点から20世紀の方角を見ると絶望的な時代ではなかったのか。巨大な支配機構であった徳川政権が倒れ、しかし新たにできた中央政府はあまりにも弱い、周辺からは列強が虎視眈々と狙いを定め、国民は一揆を繰り返し旧士族は反乱とテロに明け暮れる、そんな時代が「いい時代」であるはずはありません。同じような視点から見れば、戦国時代などはさらに最悪です。

  しかしそれにも関わらず、「戦後」も「明治維新」も「戦国時代」もなぜか輝かしい素晴らしい時代のように記憶されている、それはなぜか。

  いうまでもなくそれは、若者が輝いて次の時代をつくろうとした時期だからです。打ちひしがれ傷ついていたのは旧時代での人々であって、停滞と困難の時期に生まれた子たちはそれが「常態」ですから暗くなる必要もなかったのです。

  そう考えると、失われた20年と言われる平成に生まれ育ったこの子たちは、今まさに“ぼくらの時代”をつくろうとしていると言えます。本当にキミたちいい時代に生まれたね、キミたちの中から平成の信長も平成の竜馬も、そして平成の松下幸之助本田宗一郎も生まれてくるのだ、そんなふうに言ってあげたいと思いました。 

[3]選挙権のこと

 選挙管理委員長が挨拶をするのも成人式の特徴的な点です。10日の成人式でもよいお話がありました。しかし大人の責任だとか未来を動かすとか言って個人の公徳心に呼びかけても、はたして投票率は上がるものなのか、私は疑問です。なぜ選挙管理委員会は一部では盛んに言われた次のことを語らないのでしょう。

  キミたちが選挙に行かないからキミたち向けの政治がおこなわれないのだと。

  現在の政治テーマと言えば景気回復に年金問題、高齢者福祉に子ども手当、高校無償化・・・どれをとっても20歳前後の若者には関係ないことばかり、それは若者向けの政策をいくらぶち上げてもほとんど票にならないからです。中高年に都合の良い政策を訴えれば議員になれるが若者向けだと議員になれない、そうなると当然政治も年長者向けになっていきます。

  本年度本市で新成人となったのはおよそ2500人です。前回の市議会議員選挙で当選した議員の最低得票数は約1400。つまり新成人が一致団結すれば最低一人の「何でも言うことを聞く議員」を生みだせるのです。しかしもしかしたらそんな議員をひとり生み出すより、特定の会派全体に影響を与える方が効果的かも知れません。いずれにしろ、若者が選挙に行かないことでどれほど損をしているのか、選挙管理委員会や私たちはそれを示してやることが大切だと思うのですが。