「年号や世紀が変わることへの思い」

 

 9月11日、「アメリ同時多発テロ」の祈念日です。

 2001年9月11日、アメリカ国内で4機の大型旅客機がハイジャックされ、2機が世界貿易センタービルの北棟と南棟に、1機が国防総省(通称:ペンタゴン)に、そしてもう1機は議会議事堂かホワイトハウスを狙ったと言われていますが、結果的にはペンシルベニアの山中に墜落します。この日を境に、世界は変わってしまいました。

 唐突ですが、明治というのは日本にとってとても分かりやすい時代で目標がはっきりしていました。殖産興業と言い富国強兵と言っても要するに「欧米列強に追いつけ追い越せ」が至上命題です。具体的には日本を二等国あつかいしている不平等条約の改正で、それが達成されれば明治の使命は終わりとなります。そして実際、明治44年に関税自主権を回復して不平等条約が解消すると、明治天皇は肩の荷を下ろしたかのように崩御され、新しい時代が来ます。

 大正は浮かれた時代です。大正デモクラシーの時流に乗って普通選挙法が施行され、自由主義教育が力を得ます。モボ・モガモダンボーイ・モダンガール)といった粋なファッションが流行し、巷には音楽が溢れます。

 しかしそんな大正時代があっけなく終わって昭和になった途端、金融恐慌(昭和2年3月)が起こり昭和前期の暗い影が迫ってきます。昭和元年は一週間しかありませんでしたから、金融恐慌は昭和に入ってからわずか3か月で起こったことになります。一瞬にして昭和らしくなったのです。

 戦後、つまり昭和の後半は経済で世界を席巻した時代です。まるで「戦争でダメだったから経済で世界を制覇しよう」といった感じで日本人はがむしゃらに働き、ついに世界第二位の経済大国に伸し上がります。けれどそんな昭和が終わり平成になると、平成2年を頂点としてバブルが崩壊し、「失われた10年」「失われた20年」と呼ばれるような経済の長期低迷期が続き、ついにGDPも3位に転落します。それとともに人々の気分にも変化が見られました。
 少なくとも“昭和”のうちは誰も憲法改正など考えませんでしたし、自衛隊の海外派遣など思いつきもしませんでした。中韓との関係も良好で日本はアジアの手本として高い地位を保っていました。それが「平成」に変わったとたん、一切が変化してしまいました。それが今日までの「平成」の様相です。年号が変わると、時代も変わってしまうのです。

 “世紀”も同じです。2001年、21世紀が始まったとき、私たちは希望に満ちていました。ずっと前から、私たちの中で「21世紀」は常に光り輝く存在だったからです。
 21世紀になれば科学文明は頂点を極め、癌など病気も克服され国どうしの争いもなくなる、人々は平和に暮らし世界の英知によって貧困もなくなる―そうはっきりとは口にしないまでも、何となくそんなふうに思っていたのです。その夢を、4機の旅客機はいとも簡単に砕いてしまった。21世紀も引き続き混沌とした時代で永遠の平和も幸福もない、そう知らしめた事件でした。

 アメリカはこののちアフガン戦争からイラン侵攻へと突き進み、相対的に世界への影響力を低下させます。代わってイスラムや中国が力を増し、世界の対立構造も複雑になってしまいました。

 考えてみると小学生のほとんどは9・11以降の生まれです。中学生だって当時3歳以下で覚えている子もいません。彼らはまさに21世紀少年少女なのですが、このまったく違ってしまった世界をどう生きていくのでしょうか。