情けは人のためならず

 先週金曜日の毎日新聞に「<山陰豪雪>大渋滞でおにぎり差し入れ」という記事が出ていました。それによると、

 鳥取・島根両県をむすぶ国道9号が記録的大雪で大渋滞していた1月2日の未明、コンビニエンスストア・チェーンの「ポプラ」という会社が、集配センターのおにぎり600〜700個を無料で、2時間かけて約200台の車に配って回ったというのです。大雪で配送トラックも出られない状態だったので社員が本社に相談して了承を受けたとのことです。

 この話にはさらに続きがあって、取材に対するポプラ社は、

「我が社も混乱の中でやったことであって、周りの皆さんもさまざまな支援をされている」

とコメントした、つまり大渋滞の間には、見かねた地元住民が炊き出しのおにぎりを配るなどの他にも例があったということなのです。

 私にも何となく分かります。

 実際、私の家の前の国道で同じことが起きたら(10時間を越えるような渋滞は考えにくいところですが)、私だって同じことをするに違いないからです。

「情けは人のためならず」

 通常は「情けをかけるのは人のためではない。結局回りまわっていつか自分のところに返ってくるものだからだ」という、将来の収益のための現在の投資みたいな意味に解釈されますが、私はそうは思いません。私たちの心の中には人に何かをしてあげたい、社会に寄与したいという本能的な動きがあるのです。

「情けをかけるのは他人のためではない。今それをすることに私の喜びがあるからだ」と、それがこの言葉のほんとうの意味ではないかと思うのです。

 私たちは、災害があると多くのボランティアが無償で現地に向かうのを知っています。いざとなればわが身を捨てて助けてくれる人がいることを知っています。そして支援のやり方がわかると、われもわれもと伊達直人が現れることも知っています。

 人間はそもそも、かなりいいものなのです。