教員のための『子育テノ、ススメ』

 その生徒は、私が2番目に持ったクラスの子で、大したことはできないながらちょっとした小悪党で、喫煙・万引き・バイクの乗り回し・深夜徘徊と、およそ中学生の不良ならやってみたくなりそうなことは一通りやったような子です。

 両親は専業主婦の母親と教員の父親、結婚の遅かったふたりはやっと生まれた男の子を、ほとんど溺愛状態で育てたようです。しかし甘く育てられた子はまったくの根性なしで、親たちの期待など到底背負えるものではありません。年中悪いことをしては私たちの指導を受けていました。

 問題を起こして呼び出しをかけるとついてくるのはいつも母親。それはそうでしょう。教員はいつだって忙しいし、ベテラン教師の父親としては私のような若造のもとへ、指導を受けに来るのは嫌だったに違いありません。受ける私の方だって嫌です。

 そんなわけでたえて父親とは会うことはなかったのですが、ある休日の夕方、やはり生徒指導の案件で確認しなければならないことがあって家庭訪問をしたところ、たまたま家で留守番をしていた父親がひとり玄関に出てきました。よれよれの着物姿で、大きな背を小さく丸め、禿げた頭を自分より20歳以上も若い担任に下げて詫びる姿を、私は息子に見せてやりたいと思いました。

 ほんとうに切ない姿だったのです。

 教員の子どもはいいか悪いか二つに一つ、という言い方があります。

 教育のプロですから自分の子どもにも技術を使い、丁寧に育てて行けばかなりのことができそうなものですが、教育のプロだからこそ家庭を省みず、児童生徒の指導にのめり込んでいく例も少なくありません。

 しばらく前、大阪市で幼い姉弟が母親に放置され死亡した事件、その母親を男手ひとつで育てた父親(幼い姉弟の祖父)は、無名校を全国大会出場15回の強豪校に育てあげた高校ラグビー界では有名な熱血監督だそうです。私の周辺でも学校の活動にのめり込んだがために、子どもが不登校だの警察に呼ばれただのといった話は枚挙に暇がありません。

 わが子が繰り返し警察のご厄介になっているようでは教育活動にも身が入りません。保護者は言わないかもしれませんが、そんな状況で「教育は斯くあるべきです」みたいなことはとても言えたものではありません(しかし「教育は斯くあるべき」みたいな話をして、保護者の後押しをすることは指導上とても大切なことです)。

 最近、私の知り合いが自分の子どものことで学校に呼び出され、夫婦で担任との懇談を持ちました。その「子どもの担任」というのは、つい2年ほど前まで、父親と同じ学校に勤めていた元同僚なのです。互いに気まずく、辛かったろうと思います。

 親が親でいられる期間は短く、子育てはあっという間に終わってしまいます。私も、今もかなり不安で危うい子育てのまっ最中ですが、どうか先生方、後顧の憂いを残さぬよう、ご自分の子も学校の児童生徒と同じくらい手をかけ、丁寧に育ててやってください。教員の子どもだからといって粗略に扱われるのは、とてもかわいそうです。