カイト・カフェ

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「路傍の石」~そんな存在でもいいじゃないか

 山本有三の「路傍の石」を読んでみたいのだけれど、小説を読むだけの時間がないと嘆いたら、図書館の川辺先生が小学生向けのアニメ版「路傍の石」を探してきてくださいました。15分で読めました。
(文豪山本有三の代表作をこれで「読んだこと」にしていいのかという問題は残りますが……)
 向学心にもえる愛川吾一少年と、その行く手を阻む大人たちの理不尽、そういった話として理解しましたがいいのでしょうか?
 さて、私が突然「路傍の石」について知りたくなったのは、例えば麻生太郎さんにとって、私は「路傍の石」ですらないということを考えたからです。

 誰でもいいのですが、水泳の北島選手にとっても、歌手の安室奈美恵にとっても、私は路傍の石以下です(そんなことは当たり前です)。それどころか近所のおじさんにとっても路傍の石ですし、職員室の中にいたって、何かなければ私は単なる風景の一部でしかありません。そういうものでしょう。

 一日中注意を払われ、気を遣ってもらっているとしたら、よほどの問題があるのです。
 しかし私たちはそうした「普段はお互いが『路傍の石』なのだ」という状況に、最近は耐えられなくなっているのかもしれません。

「NO.1 にならなくてもいい もともと特別な Only one」
 だから無条件で尊重されなければならないはずだ、そんなふうに育てられた子どもが、「路傍の石」として扱われればつらいだろうなと、そんなことを思いました。

 ただ、それだけのことですが。