カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「年齢とともに失うもの、年齢にかかわらず手に入るもの」~素晴らしきネット社会の人生① 

 年齢とともに失われる感性がある。
 昔、理解できたものがわからなくなる。
 しかし嘆くことはない。
 会う可能性のなかったものに、今は会える時代なのだ
 という話。(写真:フォトAC)

【新しいものが楽しめなくなる】

 先日、ツイッターでこんなつぶやきを見ました。
「自分はアニメオタクを標榜し、誰よりもアニメを愛しているつもりでいたが、ふと気づいたら古いアニメこそ好きで詳しいのに、最近のアニメはまったく見ていない、魅かれない。もうアニメオタクなどと言う資格もないかも」
 そんな内容の話でした。たくさん寄せられたコメントも大枠で「あるある」ばかり。みんな似たところがあるのですね。
 
 かく言う私も、昔はあれほど読んだ小説というものをまったく読まなくなり、それどころか紙の本からも遠ざかって、唯一、月刊「文芸春秋」だけがネットの継続購入なのでちらほら覗くだけです。
 本という“モノ”自体が好きで読み終えるとすぐに蔵書印を押して奥付を書き、ブックカバーをかけて本棚に飾るのを何よりの楽しみにしていたのに、あの習慣はどうなったのでしょう。

 ツイッター記事の流れで言えば、アニメの類はもともとさほど好まなかったのですが、それでも自分の子が小さなころは「セーラームーン」だの「勇者王ガオガイガー」だの、見ては調べるので子どもより詳しい時期さえあったのです。
 ところが今、孫が生まれて「シンカリオン」だの「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」だのと言い出すので、とりあえず話を合わせようと「王様戦隊キングオージャー」(日曜日以前9:30~テレビ朝日系)を録画で観はじめたのですが、これがまあ、なんと5分と見ていられない。面白くない、ワクワクしない――。

【たぶん大人になったから】

 もちろん番組がダメだからではありません。かれこれ四半世紀以上も前、娘のシーナを膝に乗せ、あるいは息子のアキュラをダッコしながら見た「セーラームーン」や「ガオガイガー」も、最初から飛びついたわけではないのです。おそらく子ども向けアニメを楽しむアンテナが、子ども時代は敏感で、大人は鈍感、私のような爺さんともなると錆びついて反応しないのです。

 私たちがそれらを楽しむためには、我慢して見ている時間があってやがてどこかに発見がある。例えば「セーラームーン」ならセーラー戦士と惑星の関係だとか、敵の名前に使われる金属元素の名前だとか、「勇者王ガオガイガー」なら躯体を構成している700系新幹線車両やB1爆撃機に関する興味が刺激され、本来とは少しずれたところで興味を向けて行くような心の動きがないと気持ちが乗って来ないのです、大人ですから。

 最初に取り上げた「自称アニメオタク」にしても、新しいアニメに心を動かされなくなったのは、やはり大人になってしまったからだと言うほかありません。子どもらしい感性の枯渇です。

【情報の“溜まり”の小宇宙】

 では大人は失う一方なのかと言うと、そうでもありません。大人にしか分からない世界というものがありますし、「時間がたったから」「21世紀になったから」あるいは「これまでの文化的蓄積の上に立つことができたから」生まれることのできた新しいものや今までなかったものに対する興味・関心、というものもあるからです。

 現代はネットを通してありとあらゆる人たちが情報を発信し、それこそ星の数ほどあふれています。ところが宇宙がそうであるように、情報(星々)は平均的に広がるのではなく、あちこちで島宇宙のようになってかたまっています。それを私は”情報の溜まり”と呼んでいます。
 例えば今、若者の間で短歌がものすごく流行しているという話があっても、よくよく注意していないと私の近くまで聞こえてきません。どこかに短歌を愛好する若者の溜まりがあって、そこに対する私のアクセスが悪いのでしょう。テレビの「プレバト」ばかり見ている私にすれば、「俳句ブームの間違いじゃないのか?」ということにもなりかねません。

 音楽にしても、例えば紅白歌合戦に出場してくる新人歌手というのはとんでもなく売れた人たちだと思うのですが、私の知った顔はほとんどないのが普通です。しかも年寄りだから若者文化に疎いということでもなさそうで、若者同士でもその「溜まり」に接触の機会がないと、知らないまま過ごしていることが少なくありません。朝から晩までオンラインゲームに夢中になっている若者が「水曜日のカンパネラ」を知らないということ、いかにもありそうでしょ? 
(もちろん私も「水曜日のカンパネラ」は「2023年上半期、ブレークしそうな歌手」と検索して調べて書いているだけです)

「地球は広い。世界は私たちの知らないことばかりだ」
とは昔から言われることですが、今はネットを通して“知らないこと”に接触する機会が爆発的に増えています。その気になれば自分にぴったりのものが若者文化の “溜まり”の中に見つけられたり、私が知らなかった20年も前の“溜まり”の中に見つかったりすることもあります。
 私が3年前にアリアナ・グランテの「遅ればせながらファン」になった*1のもそのひとつですし、SNSで「昭和レトロ」といったグループに参加して 半世紀も前の情報に接し続けるのも、そのうちのひとつです。 
 明日はそんな私の現在のマイブームを紹介しましょう。