「私は否定する。しかし存在する」~若きテロリストたちの肖像⑤

 歴史は純粋な若者をいとも簡単に掬い上げ、押し流してしまう。
 それにもかかわらず若者は、いつの間にか自らのうちに特殊な思想を育ててしまう。
 もちろん中には価値あるものも多い。
 だから大人はしっかりと見守って行かなければならないのだ。

という話。f:id:kite-cafe:20210309073532j:plain(写真:フォトAC) 

【彼らを見守るのが私たちの仕事】

 私が取り上げた三人のテロリスト「史記」の荊軻、「灰とダイヤモンド」のマチェク、「テロリスト群像」のカリャーエフは、暗殺自体を成功させた者と失敗した者とに分かれますが、その後の歴史の中で自分の意思を反映させることができなかったという点では一致します。たいていのテロルがそうなります。

 荊軻の暗殺失敗は燕の滅亡を早め、マチェクの暗殺成功にも関わらずポーランド共産党一党独裁の国となって1989年の東欧革命まで暗い時代が続きます。カリャーエフのエスエル党はやがてレーニンボリシェヴィキに圧殺され、暗黒のスターリン時代を経て今日に至っています。結果論ですが、革命など起こさなかった方がロシア国民の幸せだったのかもしれません。

 そう考えると赤穂浪士事件は社会に何の影響も与えず、桜田門外の変でも水戸浪士があれほど熱望した攘夷が成功することもありませんでした。2・26事件に至ってはクーデターの最中に自分たちのとんでもない勘違いを思い知らされています。

 いつの時代も若者の純粋な正義感は大人たちによって簡単に利用され、捨てられます。もちろんすべてが無意味なわけではなく、うまく拾われる場合も少なくないのですが、私たちは子どもたちが道を誤らないよう、きちんと見守る必要があります。

【あの男】

 「若きテロリストの肖像」というサブタイトルで続けてきた記事の第一回で、私は次のように書きました。
 ネットの世界のあちこちを覗き見し、そこにフツフツと怒りを貯め、孤独を生きる若者の姿を見ると、この子たちに何か大義名分と仲間を与えれば、すぐに桜田門外の志士になってしまうことは容易に分かります。
 時代の様相を見誤ってはいけないと思うのは、こういうときです。

 
 そして1週間たった今になって、私は頭の隅にいつまでも引っかかっていた一人の男のことをはっきりと意識し始めています。
 2016年2月に起こった、いわゆる相模原障害者施設殺傷事件の犯人・植松聖です。

 もちろん彼を桜田門外の変の水戸浪士、2・26事件の青年将校、あるいは荊軻やマチェク・カリャーエフと同じ列に並べることには強い抵抗感があります。テロルには「弱者が強者に対して行う」という基本的図式がありますから、植松死刑囚のやったこととは正反対です。

 しかしそれにもかかわらず植松死刑囚の顔が浮かんだのは、殺人が極めて政治的な行為であり、正義であり、やむにやまれぬ思いに突き動かされて行ったと主張する――つまりテロリストたちと似た側面を持つからです(あくまでも彼の主観においてですが)。
 今から思えばあの逮捕時の、狂気じみた笑い顔は大義を成し遂げた者の興奮と喜びから来ていたものかもしれません。

【私は否定する。しかし存在する】

 植松死刑囚自身も大島衆議院議長にあてた手紙の中で、
 今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である幸い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
と記し、
 日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
と書いていいます。まるきりの革命家気取り、英雄気取りです。

 後の方まで読むと、逮捕後の勾留期間は最長2年までとしてくれ、心神喪失による無罪ということで放免にし、整形手術の上に新しい名前と本籍・運転免許証等を与え、そして5億円ほどを用意してくれ、みたいなことを書いていますから、責任能力を問える範囲で正常ではないのでしょう。
 荊軻やカリャーエフと並ぶべくもないその程度の人間ですが、社会の片隅で時間をかけて丁寧に、その身勝手な思想を育てていたのは間違いありません。

 植松聖は稀有な存在です。そんな人は1万人にひとりもいません。ただし、いつも言っている通り、1万人にひとりの稀有な存在が1万2600人もいるのがこの国です。
 思いつめた若者が、間違った妄想にとらわれないように、私たち大人は常に注意深く見て行かなくてはならないということです。