カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「たった一度の過ちも許されない時代の始まり」~デジタル・タトゥー、誰も忘れてくれない②

 現在と価値観の異なる40年前の事案で仕事を失う――
 いま始まっているのはそういう時代の到来だ。
 私たちがしなくてはならないのは、半世紀のときを経ても、
 後ろ暗い部分のない子どもの育成――できるか?

という話。

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(写真:フォトAC) 
 
 

【今の価値観で過去が断罪される】

 東京オリンピックの開会式、大工さんの棟梁に真矢ミキさんが来たのには不満はないのですが、何か力が足りないと思っていたら、前日まで竹中直人さんと一緒にやる予定だったそうです。36年前に発表したオリジナル・ビデオの中に視覚障碍者や女性を揶揄する演技をする場面があり、それを理由に急遽、辞退したと言います。

 30年以上も遡るとなると“何でもあり”のバブル経済真っただ中ですから、そのころテレビのバラエティ番組に出ていた男性タレントで無罪の人はほとんどいないでしょう。私は「8時だョ!全員集合」という番組が大嫌いでしたから(という割にはよく見ていた)、反吐が出そうな場面をいくつも覚えています。
 今は若すぎる妻と老後を楽しんでいる加藤茶さんや新型コロナの殉教者のように扱われている志村けんさんも、中でもっとも罪深い人たちです。すでに第一線を退いたり亡くなったりしていますから今後も追及されることはないと思いますが、現在の基準で考えればとんでもないことをしていたのです。

 そうした時代に行ったことを、竹中直人さんは意識して辞退せざるを得なかったわけで、逆に言えば私たちは、30年~40年といった先を意識して今を生きなくてはならないことになります(年齢から考えると私の30年~40年後はなさそうですが)。

 かくいう私も現職のころは平気で子どもの頭を小突いていましたし、30年も遡れば中学校3年生くらいを大人扱いしてきわどいことも言っていましたから、訴えられればたちまちアウトです。しかしそうは言ってももう現役ではありませんし、何より無名ですから調査しようとする人もいない、そもそもネット上に本名がありませんからほぼ安全です。
 そしてここにもうひとつの重要な点があります。要するに有名でなければいいのです。
 
 

援助交際の何が悪いんだ】

 私はかつて自分のサイトで、「援助交際の何が悪いんだ」とうそぶく女子中高生を想定して、これをどう打ち破るかという文章を書いたことがあります。半分オチャラけて書いていますが、本心はかなりまじめです。
「エンコー(援助交際)の何がいけんの?」

 ポイントのひとつは善悪ではなく「差別されるぞ」という現実論として話すことです。
 一度でも売買春に手を染めた者に普通の就職などありえない。普通の結婚などは夢のまた夢――もちろんバレないようにすればいいわけだが、重大な隠し事を抱えて生きる人生は大変だ。普通に収まっているうちはまだしも、新進の実業家として注目されたりタレントとしてスカウトでもされたりしたら地獄となる。名が売れれば売れるほどバレる可能性も増え、やがて人生の一番いい時にその隠し事がひょっこり顔を出す――松本清張の小説によくあるパターン。

 そうした説明をした上で、私はこんなふうに書いています。
 もしかしたらあなたの娘はこう言うかもしれない。
「 一晩限りのお客が、私の顔など覚えているはずがないジャン」
・・・人間を甘く見てはいけない。
 私のかつての同僚は1500人近くの生徒全員の顔・氏名・学年・組・所属の部活・兄弟関係のすべてを言うことができたし、(中略)別の友人は一度でも言葉を交わした相手は一生忘れないと豪語し、しかもそれを実証するような例を山ほど抱えているのだ。
 そう言ってやれ。


 今はこんな脅しは無用です。
 
 

【今ならこう言う】

「例えば若い女性が人を殺したといった人の耳目を引きそうな話題があったら、その女性の名を検索してみると面白いよ。新聞発表があって半日も経たないうちに、ネット上に『犯人の学歴判明』とか『FB(フェイスブック)を特定』あるいは『犯人の父親は〇〇だった』といったページがいくつも出てくるのだ。私と同じ好奇心の強い人間があれこれ掘り出して短時間でネットに上げてくる。それをやはり私のような好奇心の強い人間が見て管理者に広告収入が入る仕組みだ。世の中にそれで稼ぐ人間がいくらでもいる。

 そんなセミプロに遭わなくても、普段、新しく知った人について検索してみようと試す人は少なくないよね。いまは名前で検索するのが一般的だが、画像検索を使う人もいるかもしれない。将来は画像とキーワードを使って一気に絞り込む時代が来るかもしれない。
 そんなことになったら、過去はいくらでも掘り出されてしまうだろう。
 売買春の現場を撮影するなんてめったにないことだと侮ってはいけないよ。つい先日ホテルで殺されたデリバリー・ヘルスの女性は、隠しカメラを発見したところから騒ぎになって殺されたのだ。ネット上には自分の何があるか分からない――。

 しかも情報は後から追加される。韓国のバレーボールの美人姉妹は有名になる中で過去にやったいじめの被害者に訴えられたのだ。いったん胸にしまったことでも相手が有名になって世間からもてはやされるにしたがって甦り、彼我の状況を見比べて憎しみを増す被害者もいる。裁判所は敷居が高いがネットは“何でもあり”、訴えて注目されれば、無数で無名の審判者たちが一斉になだれ込んで来る――。そしてキミの人生が終わる」
 
 

【一度でも悪いことをしたら生涯つきまとうデジタル・タトゥー】

 今やっている悪事がいつの間にかネットの中で蓄積され、忘れたころにブーメランのように戻ってくる――そのことは子どもたちにも教えておかなければなりません。現在の不正が10年後、例えばキミが就職したり結婚したり、あるいは芸能界にスカウトされた瞬間に戻ってきてキミを破滅させる、そういう可能性です。

 翻って親や教師の立場からすると、これまでいじめや不良行為の指導は被害者救済や道徳の問題だったのが、これからは加害者(あるいは加害者とされた者)の将来を守るという側面も持つということです。

 一度でも悪いことをしたら、生涯つきまとうかもしれないデジタル・タトゥーから子どもを守る――時代の制約もあれば冤罪の危険もあるたいへん重苦しく難しい問題ですが、これからは考えていかなければならないことです。

(この稿、終了)