「校則はこうして変える(その2)」~東京都議会ツーブロック問題⑥

 手順を間違えた。
 まず学校側を説き伏せて、校則改正を「やってもいいこと」に転換しておく、
 生徒をそそのかすのはそれが終わってからだ。
 しかしその下準備がなかなか難しい。

というお話。

f:id:kite-cafe:20200729071232j:plain(「東京都庁」 フォトAC より)

 

【訂正します】

 昨日は勢い余って間違ったことを書きました。
 生徒をけしかけておいて、あとから校長先生の所へ行くというようなことはあってはいけません。手順前後です。

 「校則を改正してツーブロックを認めてもらおう」などといた署名運動が始まってから校長のところに行き、そこで一喝されたらおしまいです。良くて私が教師・生徒の双方から信用を失い、悪ければ生徒が校内で正当性を主張して大混乱です。
 最初から子どもの要求を聞き入れる気がないなら、意見など聞いてはいけないのです。
 「生徒に自由に考えさせていいのは、どちらに転んでもいい話だけ」
 それが鉄則です。だとしたら「生徒寄りのいわゆる“理解ある教師”」である私が最初にすべきは、ツーブロック問題を「どちらに転んでもいい話」に転換する仕事です。
 
 

【どちらに転んでもいい話の下準備】

 もちろん前提となるのは生徒の間にツーブロックへの希求が高まっていることです。何もないところに波風を立てることはありません。

 それがあってしかも欲求不満が高まっている様子を確認してから、動き始めます。生徒を後押しして校則を変えることを志すなら、まず休憩時間や放課後の教員同士の雑談の中で先生方の意向を探っていきます。
 もちろんその間に、
「そろそろツーブロックくらい許可してもいいんじゃないかな、ウチの生徒たちはきちんとしているし」とか、
成人年齢も引き下げられることだし、指導のハードルを下げることも考えなくてはいけない時期かもしれませんね」
といったふうに暗示をかけておくのもいいかもしれません。

 この段階で先生たちの感触が悪すぎたら、職員会議で校長先生の御下問があってもその先がありませんから話はボツです。多少やっていけそうな感じがあったら、ここでようやく校長室に行くことになります。

 昨日お話ししたように、校長先生によっては瞬殺で終わりにしてしまう方もいらっしゃいます(私だったらそうです)。しかし多くは生粋の民主主義者ですから「職員会議で先生方の意見を伺ってからにしましょう」ということになります。
 そこで副校長(教頭)先生のところに行って職員会議の議題に入れてもらい、私自身は資料作りに励みます。
 
 そもそもツーブロックがどんな髪型か知らない先生もおられますから、写真資料も用意します。近隣の学校の許可状況、禁止のままにしておきたい側の考え方、許可してほしい生徒側の意見、可能な限り集めた保護者の様子、等々。ここでは都議会で議員の質問があり、教育長が突っ張り切れなかったことも有力な情報となるはずです。

 さて、そんなふうに始まった職員会議でも良い流れがつかめたとします(ずいぶん都合のいい話ですが)。
 積極的に許可しようといった教員は多くないと思いますが、「まあ、いまどきのことだから、やむをえないかな」くらいの感じになったら大成功です。しかしだからといってすぐに校長先生がOKを出すことはありません。教育委員会や校長会の意向も探っておかねばならないからです。

 つまらない横並びだと言わないでください。これが結構大切なことなのです。
 
 

【横並びの理由】

 学校で一番重要な価値は「平等・公平」です。
「運動会で、みんなで手をつないで一緒にゴール」といった都市伝説がまことしやかに語られるように、日本の学校は「平等・公平」が大好きです。しかしそれは日本社会の意思の反映で、何も学校が先走ってのことではありません。

 この国の小中学校には落第はおろか飛び級すら認められる雰囲気がありません。同い年の子は同じ学年でなければならないのです。成績別学級編成だって抵抗が強すぎて実現できないくらいです。
 やることなすこと、見てくれも態度も、大枠で同じであることが求められます。そして教師に求められるのも絶対的な”平等・公平“です。
 暴力教師は生徒から恐れられることはあっても嫌われるとはありません。しかしエコヒイキする教師は確実に嫌われます。
 
 日本の学校教育は、北は北海道択捉島から南は東京都沖ノ鳥島まで、まったく同じ教育が行われているという擬制の上に成り立っています(両方とも日本の学校のない島ですが)。
 同じ市内でN中に行けばエリート教育が受けられる、F中に行ったら終わりだみたいなことだと困るのです。実際には荒れた中学、落ち着いた中学、なぜか学力の高い中学、なぜか低い中学とさまざまですが、基本的には同じだという擬制を守っておかないと人々が動き出し、たいへんなことになってしまうからです。

 ですから“ウチの生徒はしっかりしていて学校全体も落ち着いているから少しぐらい校則を緩めてもいい”という学校があっても、簡単に規制を緩めることはできません。開いた風穴に、ぎりぎりのところで生徒指導をしているような学校の生徒が突っ込んできます。
「K中が許可しているのになぜボクたちはダメなんですか!?」

 まさか“K中の生徒はいい子だからいいが、オマエたちは悪い子だから許可できない”と、本当のことを言うわけにはいきませんからその学校は切羽詰まります。
 たかが髪型程度のことで他校に迷惑をかけ、あとで江戸の仇を長崎で受けるのも損です。あまり出しゃばったことはしたくない――。
 もちろん、だからといって必ずしも全市共通となるわけではありませんが、一応ようすを窺うくらいはしておかねばなりません。
 
 

【ようやくスタートラインに】

 そうした関門をすべてくぐって、校長先生からも、
「まあ先生方もそれでいいという方向だし、市の方も問題なさそうだから話を進めていいよ。ただし何でもかんでも簡単に変えられるっていうふうにはならないようにね」
といったお墨付きをもらい、ようやくスタートです。
 生徒をそそのかしていいのはここからです。
《やっと昨日の最後の場面までもどって来られました》

(この稿、続く)