カイト・カフェ

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「義経と、金売り吉次と、マルコ・ポーロ」~中尊寺で思い出したこと

 中尊寺へ行ってきた
 私にとっては小学生のころから ずっと気になっていた場所だ
 耳に笛と琵琶の曲が流れる
 金銀螺鈿(らでん)で飾られた数百の塔楼が見える
 野に武者たちの死体が累々と重なりながら広がる
 そういう幻想を見た

というお話。

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【NHK大河ドラマの思い出】

 1966年(昭和41年)に放送されたNHKの大河ドラマの第4作目は「源義経」でした。
 私は当時小学校6年生から中学1年生になる年齢でしたが、その二年前の「赤穂浪士」からの大河ファンで、翌年の「太閤記」、そして「源義経」と夢中になって観た時期でした。ある意味、それがのちに社会科教師となる原点だったのかもしれません。

 「源義経」で主人公を演じたのは当時の四代目尾上菊之助(現在の菊五郎)、静御前を演じたのが藤純子(現在は富司純子)でした。二人はこのドラマをきっかけにつき合い始め、結婚して寺島しのぶと五代目菊五郎が生まれます。
 武蔵坊弁慶を演じたのは名優緒形拳藤原秀衡は大御所滝沢修など、錚々たる面々が出演していました。音楽担当はなんと武満徹です。

 いまでもオープニングテーマ曲の物悲しい笛と琵琶の音を聞くと、何か厳かな、凛とした気持ちになります。
 私にとって奥州平泉は「源義経」のテーマ曲が聞こえる場所です。

 

金売吉次という男】

 このドラマで加藤大介さんの演じた金売り吉次(かねうり きちじ)という男は「平家物語」や「源平盛衰記」にも出てくる伝説的人物で、奥州で産出される金を京で商う事を生業としたとされています。源義経奥州藤原氏を頼って奥州平泉に下るのを手助けした人です。人物像は書物によって少しずつ異なり、実在も疑われる商人ですが、吉次という名前はともかく、そういった人物がいても不思議はないと思わせる歴史的背景があります。

 それは当時の奥州がおそらく世界一の金産出国で、京の商人たちが激しく行き来していたことは間違いないからです。そこで買い取られた金は京から九州を経て日宋貿易の主力輸出品として南宋に渡ります。それと引き換えに南宋からは宋銭や医薬品が輸入されてきますが、その量たるや尋常なものではなく、銅銭の払底した南宋は経済が混乱し、滅びかけたとさえ言われます。

 それほどの莫大な金が奥州から運び出されたのですが、儲けの多くは京都を通過する際に通行税として平氏に吸い上げられてしまいます。それが吉次たちには面白くない。
 そこで密かに鞍馬山から義経を連れ出し、来るべき平氏打倒の日に向けて平泉で育てた――それが私の信じている歴史の一解釈です。吉次は長い目で将来を見据え、源氏に恩を売って財力で支えた政商のハシリなのです。私はそうしたしたたかな男が好きです。

 

【黄金の国】

 ほとんど無尽蔵と思われるほどの金の産出国でしたから、奥州藤原館や中尊寺を始めとする神社仏閣は贅を極め、金色堂のような金銀螺鈿(らでん)で飾られた塔楼はおよそ600余りもあったといわれます。
 実際には行きませんでしたが、私が毛越寺の庭園に立つとしたら、目の前に見る風景はそうした絢爛とした建物群だったはずです。今はコンピュータ・グラフィックスで何でも映像化できる時代ですから、いつかは在りし日の600基の塔楼を見ることもできるかもしれません。
 藤原氏が四代をかけて造り上げ、義経や吉次が目にして、頼朝の軍勢が滅ぼした風景です。さぞや壮観なことでしょう。光り輝く黄金の都なのですから。


 ところで、その盛隆のさまは噂となって、吉次が運んだ金とともに日本列島を南に下り、宋に渡ったようです。当時、留学生の持参金が金だったり日宋貿易の日本側の支払いが金だったりしたことから、金の採掘される国だということは知られていましたから、「黄金の都」の噂は真実味をもってすぐに広がりました。それをイタリア人商人のマルコ・ポーロが聞きます。

 彼はその国を中国人の口から「ジパング」だと教えられます。最後の「グ」は「Shanghai(シャンハイ)」や「Hongkong(ホンコン)」で使われる「g」と一緒で、ほとんど発音されない音ですので元は「ジパン」。漢字で書くと「日(ジッ)」「本(パン)」つまり「日本」のことです。
――これは社会科教師としての私の十八番のひとつでした。

 

【栄枯盛衰】

 そんな奥州も藤原氏義経とともに滅ぼされ、金の産出が止まると一方的に寂れていき、芭蕉が訪れたころには金色堂も朽ち果てた覆堂の中でかろうじて光を放っているだけだったようです。

五月雨の 降り残してや 光堂

 しかしやはり私は、義経の終焉の地である衣川のほとりで芭蕉が詠んだとされる

夏草や 兵どもが 夢の跡

の方が好きです。

 9月の冷たい風の中を、そんなことを考えながら歩きました。

                             (この稿、続く)