「日本人は戦争の責任を引き継がない」~令和はこうなる1

 令和が始まって一週間 まだその姿は見えてこない
 
しかし「令和はこうなる」と言った予兆は数年前からあった
 
そのひとつは
 もう日本人は、第二次世界大戦の責任を引き継がないと心に決めた
 
おそらくそういうことだ
というお話。

f:id:kite-cafe:20190504161904j:plain

【大型連休明け。先生方、とにかく頑張ろう】

 長い、長い、長い、10連休が終わりました。
 例年のことですが、春の大型連休が終わると7月の「海の日」(今年は7月15日)まで2カ月以上祝日のない日が続きます。きちんとリズムよく日々が過ごせるとも、息つく暇もないとも言えますが、特に今年の場合、意欲に満ちた4月に躾けたこと習慣づいたことが10日の連休ですっかり流され、休み疲れのだらけ切ったところから間断なく頑張らなくてはなりませんからいっそう大変です。一年生の担任の先生など、今日一日ウンザリとした時間を過ごすことになるでしょう。
「も~、全部すっかり忘れちゃってるんだからァ~」
 まっさらなところから躾けるわけではないので、今週いっぱい、あるいは来週まで、ほんとうに大変かもしれませんが、よろしくお願いします。

 さて「令和」も一週間が過ぎて、そろそろ改元のお祭り気分も消えつつありますが、そのことは同時に、私たちが平成から抜け出て、次第に令和の気分に馴染んでいく過程でもあると言えます。
 しつこいようですが年号が変われば気分も変わる、そしてその場合、前後3年ずつくらいの移行期間があって、新しい時代の予兆はしばらく前から始まり、前時代を雰囲気は改元後もしばらく残ります。したがって「令和」がどういう時代になるのかのヒントはここ数年の中にたくさんあり、そのいくつかは新時代の方向性を明確に示しています。
 つまり「令和はこうなる」とかなり断定的に言えることがあるわけです。

 

【令和の予兆】

 その指標ひとつは、戦後最悪と言われる日韓関係です。
 言うまでもなく最悪となった理由のひとつは文在寅政権の親北反日政策そして関係悪化に対する不作為ですが、他方で安倍政権および日本側メディア、さらには日本国民の多くが今回に限って一歩も引かない強い態度でいるからに違いありません。以前のように日本が折れて収集という訳にはいかなくなっているのです。

 「最終的かつ不可逆的な解決を確認した」と書いた慰安婦合意や「完全かつ最終的に解決された」と記した日韓請求権協定が覆されてしまうと、これ以上の言語表現はもうないわけですからいかなる国家間協定も記述できない、多くの日本人はそのように考えています。日常的な表現で言えば、「もういい加減にしてくれよ」と言ったところでしょう。
 おそらくその感覚が、令和の日韓関係やさらには日中・日朝関係の基礎になります。

 小泉訪朝の際に秘密会議で約束したとされる北朝鮮への100億ドルの経済援助は別にしても、もう第二次世界大戦に関する補償も謝罪も一切しない、受け付けない。韓国も中国ももうとっくに先進国に仲間入りした成熟国家なのだから、いつまでも子どものようなことを言ってはいけない、どんなに責められても今後わが国が引き下がることはない――実際の表現としてはどうなるか分かりませんが、令和における日本の立場はそうなります。

 

【日本人は戦争の責任を引き継がない】

 韓国の保守系新聞である朝鮮日報は先月29日の社説でこんなふうに書いています。
 日本は第二次世界大戦前に生まれた明仁(平成)天皇天皇として活動した時代は周辺国に戦争の負い目を感じていた。(中略)だが、新天皇は違う。1960年生まれで、初の戦後生まれの天皇ということで、戦争体験がない。祖父と父が感じていた罪の意識からの自由な立場だ。だから令和時代は新天皇の個人的な立場とは関係なく、日本が第二次世界大戦のあらゆる負担から脱して今後歩んでいく初の時期として記録される可能性が高い。

www.chosunonline.com私も先月5日に
 「令和」の世になれば「昭和」はふた昔前の時代となります。前代の罪は引き継いでもいいが2代前までは背負いきれない――そんなふうに人々が思い始めるのも自然の成り行きでしょう。内外で戦時中に生きていた人たちが全員いなくなっても、私たちは第二次世界大戦の責任を担い続けることができるでしょうか?
と書きました。

kite-cafe.hatenablog.com 6年前に亡くなった私の父は1923(大正12)の生まれですから、1910(明治43)年の韓国併合の際はまだ赤ん坊ですらありませんでした。1931(昭和6)年の満州事変の際には8歳、日中戦争の始まった1937(昭和12)年ですら14歳。母は1927(昭和2)年生まれですからそれぞれ4歳・10歳でした。
 私たちの親世代は、そんな子ども時代に政府が戦争に突き進むのを止められなかった責任を、戦後ずっと背負ってきたわけです。

 その息子である私たちも、「戦犯国」の人間としてずっと責められ反省の気持ちを持ち続けてきました。戦争を止められなかった世代の孫である私たちの子、シーナやアキュラも同じ「戦犯国」の人間として、毎年「不戦の誓い」を新たにしてきました。
 しかし曽祖父の顔さえ知らない孫のハーヴや、さらにその子孫たちの代までもが責任を問われるとしたら、それは違うでしょう。

 

【時代は変わる】

 朴槿恵前大統領は「加害者と被害者という歴史的立場は千年の歴史が流れても変わらない」と発言しましたが、これはもちろん「信長が明智光秀に殺されたという事実は千年たっても変わらない」といった歴史的事実の確認ではありません。したがって千年の後までも責任追及の手を緩めるつもりはないのかもしれませんが、今回の改元で朴前大統領の言った「千年恨」はあっさりと裏切られてしまうはずです。

 それでなくても韓国のKポップスターは何の忌憚もなく大人たちの言う「戦犯国」でコンサートを開いて観衆ににこやかに手を振り、逆に日本のファンは何のこだわりもなく韓国に“追っかけ”に行ってしまうのが現状です。韓国人になりたいと本気で思っている日本の女の子までいます。彼らに「反日」「反韓」を持ち込んでも、迷惑がられるだけで何も響きません。

 世界中探したって、隣国どうしで仲がいいといった例はめったに張りません。陸上の国境で隣り合っている国どうしは伝統的に領土争いをしていますから特にそうです。しかし仲が悪いなりに、何とか調整し合って交際を続けています。

 令和の時代、東アジアで起こるのは、そうした「普通の国」どうしの外交関係でしょう。