「昔の高校生は何をして遊んだのか」~2019年春の蓋棺録2

ショーケンの亡くなった同じ3月26日
声優でタレントの白石冬美さんが亡くなった
ショーケンと違って 発見が二日遅れたという
顔の見えないタレントさんだったから
それもまたこの人にふさわしい 
私には特別の思い出がある
という話。

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【昔の高校生は何をして遊んだか】

 歴史の勉強をしていて案外むずかしいのが庶民史です。

 政治史とか経済史というのは研究が進んでいて、書籍も入門書から高度な専門書まで一通りそろっています。しかし例えば“文化文政期の庶民の生活”――町人は何時ころ起きていつごろから働いたの? とか、朝食は食べたの? 食べなかったの? 食べたとしたらメニューは? たとえば大工さんは朝から仕事場に向かったとして、その奥さんは一日どうやって過ごしたの? とかいったこまごまとしたことを本気で調べようとすると、なかなか厄介です。

 今はインターネットがありますから、情報の量や質の問題は残るにしてもまったく手掛かりがないということは少なくなっています。しかし私の若いころなどはどうでもいいことのために図書館で一日すごして、しかも何も見つからないといったこともけっこうあったのです。

 そこで問題ですが、50年前の一般の高校生高校生――つまり若いころの私たちは、何をして遊んだのでしょう? 想像してみてください。

 吉幾三ではありませんが、

 スマホはない、ゲームもない
 ネットもなければ 電話もない
 テレビはあっても局がない

 デジカメない Youtubeない
 MP3もCDもない
 ステレオあるけど 持っていけない

 お金がない 彼女がない
 マンガはあるけど 週刊誌
 ファッション誌を読んでも 生かせない(田舎だから)

・・・と言った状況です。そんな状態で高校生たちは何をしていたか――。

 

【答え=ひたすらつるんでおしゃべりしていた】

 クラスの中には孤独に勉強に打ち込む者もいれば、ひたすら部活に情熱を傾ける者もいましたが、私と私の周辺の仲間はそうではありませんでした。基本的に暇を持て余してやることがありませんから、とにかくおしゃべりをしていました。

 夏は学校近くの児童公園やチャリで頑張って城山の展望公園に行ったり、冬は仕方がないのでお金があれば喫茶店、なければ友だちの勉強部屋にしけ込んでそこでひたすらしゃべっていました。
 中身は女の子のこと、先生や友だちの悪口、進路の話、テレビのこと、映画のこと・・・。私も含めて女の子にモテたいばかりにギターをやってる仲間も結構いましたから、歌もよく歌いました。

 そして夕飯の時間が近づくと、泣く泣く解散します。その場から携帯で「ちょっと遅くなる」と家に連絡することもできないので、定時には家に着くよう帰るわけです。
 そして以降は、翌日、学校で顔を合わせるまで友だちとは連絡普通です。もちろん大半の家に固定電話はありましたが、大部分は親の耳の届くところに置かれていますから、よほどのことがない限り電話でコミュニケーションを図ろうとはしませんでした。

 では家に帰った後、なにをしていたか?
 夕食、入浴、就寝といったことを別にすると勉強ぐらいしか残っていません。テレビを見るという仕事もありますが、家族で1台を共有しているだけですから、たいていは一日1番組くらいの割り当てになっていてダラダラと楽しむわけにはいきません。

 それに当時は夜9時を過ぎるといきなり危険な場面の出てくる番組が結構あって、おちおち親といっしょに楽しむというわけにはいかなかったのです。ドリフを見て家族全員で笑っていたら、突然女性が裸にされてしまい、親の前でどういう表情をしたらいいのか分からず、兄弟で凍りついたなんてことは再三でした。

 ですから9時を過ぎると勉強でもして、あとは寝るだけです。――いや、おっと、もうひとつ大事なことがありました。
 「早く寝ろ」と言われて布団に入ったふりをして、何とか眠らないように頑張ってラジオの深夜放送を聞くという仕事です。

 

白石冬美=チャコちゃん】

 春休み中の3月26日、声優でタレントの白石冬美さんが亡くなりました。82歳だったそうです。

 白石冬美と言えば「機動戦士ガンダム」のミライ・ヤシマや「どろろんぱっ!」の小野小町の声優としてアニメオタクで知らない人はいないと思いますが、一般的には「巨人の星」の星明子の声として有名です。
 つい数年前、「星明子状態(隠れて物陰から必死に見守る)」という言葉とともにプチリバイバルしたあのキャラクターです。しかしだからと言ってそれで白石さんを思い出す人は少ないでしょう。

 白石冬美、愛称チャコちゃんは、私たちの世代にとっては深夜放送のパーソナリティ(今だとMCとでもいうのかな?)としてものすごく愛された、記憶に残る女性なのです。

                            (この稿、続く)