東大前刺傷事件の容疑者の在籍校は
極めて優秀な受験生を生み出すシステムを有していた
それは単純に「仲間づくり」である
しかしコロナ禍で いつの間にかそれは失われていた
という話。
(写真:フォトAC)
【入試は団体戦】
前にもお話ししましたが、タレントのラサール石井は高校3年生の時、成績不十分であるにも関わらず東京大学を受験して失敗しています。成績が足りないのに受けたことについて、彼は「ラ・サール高校というのは不思議なところで、みんなで一緒にホイっとやると、成績不十分な生徒が勢いでポンと合格してしまうことがある。それを狙って受験したのだけれど、やっぱりダメな時はダメでした」と説明しています。わからないではありません。
ラ・サールのように同じ高校の生徒が大挙して試験に臨むようなら、それだけで有利です。地方の公立高校から独りぼっちでやってきて、雰囲気に飲まれまいと頑張っているようではその分、すでに失点しているも同じです。会場に入った段階で、勝負は半分くらいついています。
有名進学校の有利さは、それだけではありません。
昔は「友だちの足を引っ張っても勝ち抜け」みたいな言い方をしましたが、そんなバラバラなことをやっていても勝てるものではありません。敵は外部にいくらでもいるのです。そうではなく、せっかく同じ学校、同じクラスに入ったのだから、お互いに助け合って入試に向かっていく方がいいに決まっています。
問題の分らないところは参考書と首っ引きになって調べたり、先生のところに行く質問の列の最後尾についたりするより、互いに教え合った方が圧倒的に早い。教え合いが教える側により有利であることは、受験生なら誰でも知っています。
自宅の部屋で受験勉強に励むときも、すぐに投げ出したくなる自分を励ますのに、「クラスの(学年の)みんなが頑張っているのだから、オレもがんばろう」と友の顔を受かべながらやる方が、よほど力強く励みとなります。
したがって受験に強いクラス、有名大学に大量の合格者を出すような学校は、必ず生徒同士の仲がいい。中学校で合唱コンクールやクラスマッチに強いクラスは、高校入試でも成績が良いのはそのためです。
そしてよく経験を積んだ教師たちは意図的に、本来バラバラな生徒たちを「受験が戦える強力な目的集団」に育てようと、さまざまに手を打ち続けるわけです。
【教室あるいは学校を目的集団に組み替える】
先週土曜に東大前で刺傷事件を起こした高校生の在籍校は、伝統的にそうしたことがうまかったようです。昨日の謝罪コメントでは、
本校は、もとより勉学だけが高校生活のすべてではないというメッセージを、授業の場のみならず、さまざまな自主活動を通じて、発信してきました。
と、まるで自主活動が生徒を納得させるための教育の場であったかのように言っていますが、そうではないでしょう。
学校が生徒を数学や化学のオリンピックに行かせたり臨海学習に参加させたり、あるいは部活や文化祭や演劇祭に熱心に取り組ませたのは、まさに仲間づくり、集団づくりだったのです。生徒たちはそのたびに目標を与えられ、達成するための訓練を積み、友との信頼関係を築いていきます。最終的に「受験に向けて戦う集団」になるにしても、勉学だけで人間をつなぐことができません。そしてそれがうまく行き続けると、
本校の長い歴史のなかで、そのような校風を培ってきました。
ということになるのです。
私がこんなふうに断定的に言えるのは、他の学校――普通の公立の小中学校だって同じことをやっているからです。いや、ほとんどの生徒が有名大学合格を目指して入学してくる等質性の高い一流進学校とは違って、同じ地域の同年齢という以外に何の共通性も持たない公立小中学校こそ、より熱心に仲間づくり・集団づくりに励んでいるとも言えます。そうしないと、いつまでたってもクラスはバラバラです。
【学校は自ら失ったものに気づいていなかったのかもしれない】
そうした文脈で見ると、謝罪コメントの次の部分も違った見方ができるようになります。
ところが、昨今のコロナ禍のなかで、学校行事の大部分が中止となったこともあり、学校からメッセージが届かず、正反対の受け止めをしている生徒がいることがわかりました。
実際に起こっていたことは学校のメッセージが他謳わらなかったということではなく、コロナ禍で学校行事などの自主活動が次々と中止になることで、学校は「受験を戦う集団づくり」が十分に果たせなくなっていた、そしてそのことに教職員は気づいていなかったのです。
個々の生徒が分断され、そのなかで孤立感を深めている生徒が存在しているのかもしれません。今回の事件も、事件に関わった本校生徒の身勝手な言動は、孤立感にさいなまれて自分しか見えていない状況のなかで引き起こされたものと思われます。
もしかしたら学校は、自分たちの最大の強みがなにかも、理解していなかったのかもしれないのです。
(この稿、続く)