「新北斎展を観に行った」~文化史をこんなふうに教えておけばよかった2

 森アーツセンターギャラリーの「新北斎展」はすばらしかった
 北斎は無茶苦茶すごい
 そのすごさを 教えられる教師でありたかった
というお話。

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  六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリーに「新北斎展」を観に行ってきました。三連休は混みそうなのでわざわざ週日にでかけ、しかも早お昼を食べて12時15分くらいに行ったのですんなり入れました。2時間半ほどして外に出ると長蛇の列ができていましたから、やはり時間を見計らわないと大変なのかもしれません。
 また北斎をはじめとする浮世絵・挿絵展はいつもそうなのですが、作品の多くが半紙サイズで小さく、「北斎漫画」などは冊子の形で陳列棚の展示なので作品にぴったり貼りつかざるを得ません。大きなキャンバスに描かれた洋画だと2mも3mも、時には5m以上も下がったところから鑑賞する人もいたりしますが、浮世絵展ではそうはなりません。
 必然的に1列のゆっくりとした移動鑑賞になるので入場者が少なくても時間がかかるのです。私はすっかり腰を痛くして出てきました(なぜ歩くだけなのに腰が痛いのだろう?)。

 

【例えば、北斎のすばらしさ】

 それにしても大変な人気です。私も昔から北斎はいいなと思っていましたが、わざわざ足を運ぶほど好きになったのはつい最近のことです。

 何が素晴らしいかというと、例えば富嶽三十六景「御厨川岸より両国橋夕陽見」でf:id:kite-cafe:20190211160806j:plain
舟客が持つ釣り竿の先端と舟の船首・船尾をつなぐ扇形型が美しく、扇の弧の部分、つまり舟の本体が描く曲線は船頭の禿げ頭を中心に180度回転させて両国橋に被さる、その組み合わせが美しい。また弧の逆転は遠い富士の裾野にも呼応している。そのすべてが美しい・・・と書いても伝わらないでしょう。
 実際に会場に足を運んでもらうしかないのですが、その“私が60歳代で知ることとなった北斎のすばらしさ”をわずか9歳で看取し、心酔した人がいます。
 今回の「新北斎展」を企画・監修した永田生慈(せいじ)さんです。

【神童の半生】

 永田さんは小学校3年生のとき、町の古本屋のゾッキ本(超安価な見切り品)の中に北斎の「絵手本」(イラストの見本集)を発見し、以来毎日眺めて楽しんだといいます。 
 中学生のときは富嶽三十六景の「山下白雨」f:id:kite-cafe:20190211160836j:plain
に激しく心をゆすぶられ、高校生の時に小遣いを貯めて「北斎漫画」(4000図を描き込んだ絵手本)を購入したというからただ者ではありません。大学は北斎研究の専門家のいるところを選び、浮世絵専門の美術館の学芸員として北斎研究の第一人者となった人です。

 私より2歳年上なだけですからまったくの同時代人。それが片方は溺れるがごとく北斎を楽しみ、もう片方はいい加減な歳になって「ああ、いいですねえ」などと呑気なことを言っているわけです。
 ある人が天才と呼ぶ(NHK日曜美術館」)くらいですから永田さんを羨んでも仕方ないのですが、せめて20代、遅くとも30代ごろまでに北斎の魅力に気づいていたら、私の人生はもっと違うものになっていたように思うのです。もっと豊かで、感動の多い生活が送れたのかもしれません。
 そのためには何が必要だったか。

 答えは私自身の経験の中にあります。

 

【私はなぜ北斎に惚れるに至ったか】

 それは簡単で、北斎の作品をたくさん観て少し勉強したからです。勉強といっても展覧会場で説明文を読んだり、音声ガイドを聞く程度のことです。

 一昨年の国立西洋美術館の「北斎ジャポニズム」展では、北斎の作品と影響を受けた印象派の人々の作品を並べて展示するという斬新な仕掛けがありました。f:id:kite-cafe:20190211160923j:plain(左)富嶽三十六景東海道保土ヶ谷」 (右)クロード・モネ「陽を浴びるポプラ並木」

f:id:kite-cafe:20190211160958j:plain(左)北斎漫画  (右)メアリー・カサット「青い肘掛椅子に座る少女」

f:id:kite-cafe:20190211161042j:plain(左)北斎漫画  (右)エドガー・ドガ「踊り子たち ピンクと緑」

 それだけでも強く印象に残るでしょう。

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 あるいは“北斎について一言も語ることのなかったセザンヌでさえ、故郷のサント・ヴィクトワール山をさまざまな角度から、さまざまに描くことで富嶽三十六景を踏襲している”といったことを伝えるだけでも好奇心をくすぐられる人はいるかもしれません。
 しかし何より、指導者が北斎の作品を何枚も見せながら熱を込めて語りつくすことが一番の刺激になったはずです。
 そのための時間はわずか15分で済みます。たった15分の授業で、「北斎」と「印象派」は生徒の心から離れないはずです。

 

【そんな授業がしたかった】

 18歳の年に東京へ出て12年暮らしました。
 学生の頃は金がなく、社会人となってからは暇がなくて東京に住む有利さを生かすことができませんでした。
 田舎に帰ることを決めた最後の1年間、私は資力と死力を尽くして遊びました。美術館めぐりと演劇・音楽鑑賞です。そのときに大規模な「モネ」展と出会って心動かされたのが、美術に対する思い入れが改めて高まった契機ですが、以後、教師となってからは展覧会に足を運ぶこともほとんどありませんでした。田舎ではなかなか機会がなかったのです。

 私自身が小中学生の頃、教員の中には夏休み中ずっと野山を駆けまわり、蝶を採集しやがて研究者になった人や、同人誌をつくり詩や小説の創作に余念のなかった先生たちがいました。退職後、陶芸家になった先生もいたし、高校の美術の先生の彫刻作品は今も市立美術館の一角に常設展示されています――その話は以前しました。

kite-cafe.hatenablog.com 都会にはまだ休日のたびに美術館巡りや博物館詣でをするという先生もおられるでしょう。しかし田舎から美術展を観に行ったり博物館めぐりに出かけたりするのは大仕事です。田舎教師の文化水準を上げるのはなかなか難しいのです。
 政治史や経済史はともかく文化史は感性を磨かないと語れない分野です。芸術家や評論家、研究者を育てようというのではありませんが、小学校3年生の永田生慈さんのような、芸術や芸能に目をキラキラ輝かせる子どもを生み出す授業は、今後も無理なのかもしれません。
 教師自身に学ぶ暇がありませんから。 

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