「研究者は努力をムダにしない」〜「日本はだめだ」という話は調べてみる価値がある2

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 イーストマン・ジョンソン 「読書する少年」)

 

  ニューズウィーク日本版にあった「子どもの時に、自宅に紙の本が何冊あったかが一生を左右する」という記事について、

 自宅にあった本の数とテストの結果は比例する

という文とともに

 日本は平均102冊で、世界全体の平均を含む18カ国・地域のランキングで14位だった。世界全体の平均は115冊。

という文章があり、これでは日本人の知性(読み書き能力、数学の基礎知識、ITスキルの高さに)は平均以下と言っているのと同じじゃないかと怒って調べることにした話を書いています。

 

 

【「国際成人力調査」を思い出した】

 実は私は文章を読み違えていた――というか記事の文章自体が悪いのです。

 

 調査を行ったのは、オーストラリア国立大学と米ネバダ大学の研究者たち

とありますが、彼らが行ったのは「調査」ではなく、その文に続く、

2011年〜2015年に 31の国と地域で、16歳〜65歳の16万人を対象に行われた「国際成人力調査」のデータを分析した だけなのです。

 

 2013年のOECDが行った「国際成人力調査」、そのデータを借りてオーストラリア国立大学ネバダ大学が分析したという意味です(年次や対象国の数が合わないのは謎)。

 分析自体は優秀な統計ソフトがあれば簡単にできます。

 

 そのことに気づいたとたん、私は「国際成人力調査」が自分にとってどれほど熱い話題であったかようやく思い出したのです。そんな大切なことが忘れられていました。

 

 2013年の「国際成人力調査」で、日本の16歳〜65歳の成績は三部門独占のダントツ1位。その破壊力はPISA(OECD生徒の学習到達度調査)を根拠に「日本の学力は低い」と論陣を張っていた各マスメディアを黙らせるほどのものだったのです(だからこのニュースも大きく扱われなかった)。

 小5・中2のテストが世界一でなくても、16歳以上65歳までがダントツなのだからそれでいいじゃないかというわけです。

 

 私はもう夢中になってこの話を吹聴して回りました。日本の教育の勝利だからです。

 

 

【何か、話の持って行き方が違っていないか】

 これを今年のニューズウィークの記事に戻すと、16歳の時の家庭の蔵書数が世界平均を割って18カ国・地域のランキングで14位という低さににもかかわらず、日本の成人の読み書き算数あるいはIT能力はダントツ1位だということです。

 そうなると、

16歳の時に家に本が何冊あったかが、大人になってからの読み書き能力、数学の基礎知識、ITスキルの高さに比例する

もかなり怪しくなります。

 

 眉にツバをつけて改めて読み直すと、

 これら自宅の本を必ずしも読めなければ効果がないというわけではなく、また単純に「本を読む」という行為によりこうした能力が伸びるというわけではなく、何が利点になっているのかを特定するのは難しいと研究チームは話す。「ただ本をたくさん読みなさい」というシンプルな話ではなく、大切なのは「子どもたちが、親や他の人たちが本に囲まれている様子を目にすること」だとしている。

という文も気になってきます。

 要するに本さえあれば本人が読まなくても知性は高まるという、ありがたいご宣託なのです。

 そんなバカなことがありますか?

 

 これはもう、

「本をたくさん家に置いておくような家の子は、知的な両親に育てられた知的な遺伝子を持った子なので、放っておいても勉強ができるようになる」

と言っているのと同じです。

 

 さらに同じ文脈で読むと、

 最終学歴が日本で言うところの中学卒業程度(13〜14歳)であっても、たくさんの本に囲まれて育った人は、大人になってからの読み書き能力、算数、IT能力が、本がほぼない家で育った大卒の人と同程度(どちらも全体の平均程度)だということが分かった。

も、

「最終学歴が中卒程度でもIQの高い親の元に生まれた人は、IQの低い両親のもとに生まれた大卒の人と、大人になってからの能力は同程度だ」

という何の変哲もない話になってしまいます。

 

 

【研究者は努力をムダにしない】

 研究者というのは研究によって暮らしを立てています。研究をしないと食っていけないのです。

 したがって一生懸命仕事に取り組んではいるのですが、しばしば見通しをはずすこともあります。大変な手間と時間をかけて続けてきた研究が的外れなことがあるのです。

 

 よほど不誠実でない限り自然科学の研究者の場合は黙って引き下がるところですが、社会科学は違います。どうせ追試なんかしないからとタカをくくって的外れ内な結論を押し通したり、仮説そのものを書き換えてあたかも最初からそう予想してかのような平気な顔で提出したりする人もそこそこいるのです。

 私はそうした研究論文を数多く見てきました。

 

 

 こんな話を聞いたことがあります。

 昔、ある昆虫学者がバッタをしつけて、手を叩くとジャンプするようにした。

 そうしておいて残酷なことに、足をむしり取ってもジャンプをするかを調べることにしたのだ。

 6本の足のうち二本を取って手を叩くと、バッタはジャンプした。 さらに二本取って手を叩くと、可愛そうにバッタは残った二本の足で必死にジャンプしようとした。

 最後に全部の足を取って手を叩いたが、むろんバッタはジャンプしなかった。  そこで昆虫学者は論文にこう書いた。

「バッタはすべての足を取り去ると、耳が聞こえなくなる」  

          (「童話2000」より「アナライザー」

 一流大学の研究者が言ったからといってそのまま信じてはいけない、少なくとも「日本はだめだ」という話は調べてみる価値がある、そういうことです。